◆Lovesickness 01 #8


 バスルームの扉を開け中に入っても、海馬は背中に張り付いたままだった。
ふと横を見ると、脱衣所の鏡に自分達が映っていた。海馬の身体で赤いのは、首から上だけだった。
「鏡は、見るな」
言いながら、顔を真っ直ぐ前方に固定された。
「風呂に入る」
 酒を飲んでいて平気なんだろうかと城之内は心配になったが、その間にも海馬は後ろから器用に脱がしていく。最後に自身のジーンズも脱ぐと、浴室に入った。

 城之内毎シャワーをざっと掛けて、そのままの状態で湯船に入った。
 浴槽の中でも城之内は抱き込まれているような体勢だった。広いので足を曲げることもなく、ゆったりと浸かれていて密着という程ではない。しかし振り向かせてもらえないのは変わらないため、耐え切れなくなって声を上げた。
「やっぱりなんか怒ってるんじゃないのか」
「いや、なぜそう思う」
「ずっと後ろにいて、顔を見せてくれないから」
「それは、オレが恥ずかしいからだ」
「は?」
 風呂はガラス張りで庭の花壇に植えられた季節の花々に迎えられるような設計になっている。
 後ろで、額を肩から背に乗せ替えたのがわかった。窓への映り込みが嫌なのかと気付いたが、同時に海馬の手が後ろから双丘の間に差し込まれた。
「ひっ、な、何?」
 思わず声を上げてしまったが、その手は早急な訳ではなく優しいものだったので、城之内は海馬のするに任せた。窄まっている周囲をしばらく揉んで柔らかくした後、ゆっくりと指を挿し入れられた。
「痛いか?」
「そんなことはないけど、なんか変な感じがする」
海馬の意図がわからないため、素直な感想を述べた。
「そうだろうな。オレも始めはそう思っていた」
もう1本指を増やされ空間を広げたり、中の壁を触られたりした。
 城之内は指よりも、背中で海馬の吐き出す息に、ぞくぞくと込み上げてくるものを感じていた。
指先がある箇所を掠め、重点的にそこを攻めたて始めた。ゆるゆると、触られるだけで身体が熱くなっていく。
「あぁっ」
少しだけ強く力を入れられると、びりっと電気が走るように身体が震え、城之内自身が立ち上がっていった。
 空いた手でその状態を確かめると、城之内の中から指を抜いた。
 海馬は少し身体を浮かせて腕を動かした。びくびくと麻痺するように激しく身体が揺れる。
「ふっ…んっ」
 城之内の背中から肩に唇を乗せ声を抑えていたが、耐えきれずに肩口に軽く歯を立て、震えを抑え込もうとした。
「はっ…。オレは後ろのほうが…感じるようになってしまっ…た」
 苦しい息の中で、無理やり言葉にしているようだった。荒い呼吸と震えは止まらなかった。
自分で指を入れていたらしいことにやっと気付き、城之内は後ろを振り返ると、湯に沈まぬよう海馬を支えた。
「貴様は、やっぱり気付いていなかったか…」
「いつから?」
「そういうところは、許せん。デリカシーがなさすぎる」
「ごめん、…どうしたらいい?」
「それなら一緒に考えろ。…感じすぎて困っている。オレは貴様と寝るのが怖い。どうなっていくのか想像がつかなくて、怖いのだ…」
 熱い息を吐き出しながら、涙混じりに赤く染まった目元が壮絶な色気を醸し出していた。城之内は思わず抱き締めた。
同時に腕の中の身体から、力が抜けていくのがわかった。
「海馬?」
 身体が、発熱しているかのように熱い。目を開けていられないようで、荒い呼吸音だけが響く。慌てて抱きかかえると、湯船から引き上げ洗い場に横たえた。
 水温の設定を低くして、体温を下げようと、全身にシャワーを浴びせ掛けた。赤く染まっていた身体がだんだんと普通の色に戻ってきていた。頭を抱え、背面にもシャワーを掛け冷やした。しばらくそうしていただろうか。ようやく薄く目を開けた。
「……寒い」
 震える身体を抱き上げ脱衣所に急いだ。タオルで水気を取った後バスローブを着せた。呼吸は落ち着いてきたように見える。
 海馬を洗面台近くの床へ背中を預けるように座らせると、城之内はキッチンへ走った。


 酒を飲んで蒸し暑い所にいたから、脱水症状だろう。キッチンに何かあっただろうかと考えた。
ミネラルウォーターを耐熱グラスで温めている間に、缶のグレープジュースが目に入ったので、別のグラスに注いだ。それから塩を持って、海馬の元へ戻った。
「これ、飲め」
温めた水とジュースをミックスしたものを飲ませてから、ティースプーンで塩を掬って飲み込ませた。今度は、温めた水だけを飲ませる。
 腕の中の身体の震えが徐々に止まっていった。呼吸もだいぶゆったりしたものに変わった。青い瞳が何をした?と訊いているようだったので、脱水症状だと思ったからその対処法と答えた。
 海馬は震えの残った手で、城之内の頭を引き寄せると額を合わせた。
「まだ、頭は熱いな…。城之内、何か着ていいぞ」
 その言葉に、城之内は我が身を振り返った。部屋を水浸しにしたくなかったために足を拭いてからタオルを腰に巻いただけだった。赤くなりながら脱がされた衣服から下着とジーンズを探して履くと、バスタオルと海馬を抱きリビングへ運んだ。
「お前は具合が悪くても、オレを苛めるのが好きだな」
「…なんのことだ」
「タオル1枚で駆けずり回ってた、オレがおかしかったんだろう?」
 最初に背もたれにしていたクッションを枕替りにして横たえた。持ってきたバスタオルで足元まで包むと、ワインクーラと共にあった大判のナプキンをその冷水で濡らし、頭に乗せた。
 その手が離れる前に掴むと、海馬が力のない声で言った。
「介抱してもらっておいて、そんな余裕は…ない。話…し方が、悪いのだろうな、すまん」
「話さなくていいから、もっと水を飲んでくれ」
「オレはやはり言葉が足りないようだな。貴様を辱めたくて、言った訳ではないんだ」
 やっと水に口を付けて、飲み始めた。
 城之内は自分の言葉に後悔していた。普段から海馬にコンプレックスを抱き、言いたいことを溜めているせいでもなければ、極限状態で悪態をついたりするだろうか。

20150516