◆Sleeping Beauty&Beast


 海馬が城之内に、誕生日プレゼントをくれると言った。
1月は忙しかったので3月にしてもらった。
城之内が欲しがったのは、忙しい海馬の1日、24時間を貰うこと。たまにはラブラブで過ごしたいと言ったら、女子高生かっと大きな音をたてて電話を切られた。
 それでも2人は、海近くのホテルにいた。
 イベント毎にまめな海馬に任せておくと、移動だけで半日は使われてしまいそうだったので、ホテルは城之内が手配した。かなり難色を示されたが、半ば強引に主導権を奪った。贈られるほうの気持ちを良くするのも、プレゼントだよなと言って説き伏せた。付き合い始めて3年近くなると、城之内にも言い返せないポイントがわかってくる。
 それ程大きくないプライベート的なホテルを予約した。車を運転してきたのは城之内だったが、到着してからも何も言わなかったので、機嫌は損ねなかったらしい。
 部屋に入ると海馬はテラスに出て目を閉じ、海風にあたっていた。久しぶりに受ける日差しが、気分をゆったりとさせていた。
暖かい日だったが春の海は波が高かった。
後ろからぺたぺたと足音を立てて、城之内が現れた。
「日向ぼっこ?それとも何か見える?」
少し高い肩に掴まって背伸びをすると、視線の先を探した。
「ジェットスキーの隣の男が、手を振っている」
「ああホントだ。…いや、あれ流されてんじゃないか?」
「そういえば、ずっと乗っていないな」
 城之内はフロントに電話を掛けようと部屋へ戻った。
 相変らず面倒事に首をつっこむ癖は変わらないらしいと、ため息をついた。
電話でのやりとりによると、この部屋からは年に数件、連絡があると言う。ガソリンの無くなったジェットスキーの救助を、これから要請するとも。
「なる程、潮流の関係か。さすが貴様の選ぶところは面白いな」
「誉めてんの、けなしてんの」
海馬はこたえずにただ口元に、笑みをたたえた。それが否定ではないとわかっていたので、それ以上は言わなかった。
「城之内、食事はここでいいな?」
 プレゼントなので、出資者はもちろん海馬だった。
ダイニングルームは選ばないだろうと思ったので、素直にうなずいた。
「あ、でもケーキはいらない」
「…そうか」
「やっと大手を振って飲めるようになったし。けど、たいして飲めないから、高いのにすんなよ」
 わかったとこたえると、ルームサービスの電話を入れた。
 ケーキがあると、城之内がこれから試したいと思っていることに、支障がありそうだった。海馬の態度から用意されていることを感じたが、心の中でごめんと謝った。



……柔らかい身体を、求められるまま抱いていた。
 白い肌に所有の証を刻んでいく。数日で消えてしまうとわかっている。その間しか思い出してもらえないとしても、構わなかった。
 開かれた漆黒の瞳にもっと己を焼き付けて、求め続けてくれたらいいのにと、願いをこめて口付ける。欲しいのは全てだと伝えても、ただ笑うばかりだ。
オレはほんの少ししか与えられない癖に、願うのは虫が良すぎるのかと詰め寄っても、赤い唇に微笑をのせて是とも非ともこたえはない。いつも真意が見えなかった。わからないから、期待するのをやめてしまった。
 雨が降り出したのだと思った。顔の上に大きな雨粒がひとつ、ふたつと落ちていくのを感じていた。傘は持っていなかった。早くここから離れたい。そして暖かい場所に戻りたい。
 暖かい場所……そこへ帰る途中だったはずなのに、何故歩き出せないのだろう。ぬかるみに足をとられたように、前に進むことができなかった。本当はどこかで居心地が悪いと思っていることがあるのだろうか。遠くで雷鳴の音が響いた。
早く抜け出さないと本当に戻れなくなってしまう……


「かいば、かいばっ」
 肩を揺さぶられて目を開けた。ぼんやりとした視界に映るのは、見覚えのない天井と金と白。
城之内の髪と白いタオルのようだった。目の周囲を拭われたが、それでもまだぼやけたままだった。
「海馬、大丈夫か」
 聞こえてきた声に、己の状態を顧みた。視界が悪いのは涙のせいらしい。横になったまま、泣いていたのだろうか。理由はわからなかった。身体を動かしたくて、ベッドの上で上半身を起こした。
「ここはどこだ」
「どこってホテル。オレの…誕生祝い」
 少し恥ずかしげな言葉に見渡せば、確かにルームサービスを頼んだ後があった。シャンパンも開けている。徐々に記憶が蘇ってきた。
「…オレは失神したのか」
 海馬は思いきって尋ねた。シーツの乱れや床に散らばる服に対して、清められている身体とシャワーを浴びたばかりの城之内。これで何もなかったと思うほうが難しい。
「失神って…普通に話してた。でなきゃ、ほっといてシャワー浴びないって」
 はあ、と大きな息を吐きながら、城之内が下を向いた。
「なんか嫌な夢でも見た?」
ぽつりと問いかけられたが、海馬にも内容が思い出せなかった。
「わからん。道に迷っていたような気がするが」
「シャワー浴びる?」
「いやいい。このまま寝る」
頭が重だるい気がしたのでそうこたえた。
「じゃあオレも、着替える」
 急いで離れていこうとする城之内に、違和感を覚えて腕を掴んだ。
「馬鹿力。痛いって」
 引き寄せて、バスローブの前を大きく開いた。滑らかな肌にいくつもの赤い花が散っていた。
不思議と嫌悪感は起こらなかった。どこかで見たようなキスマークの付け方だった。
「城之内、オレに何をした?」
 ぐっと息を呑むと顔をゆがませたまま海馬の腕に手を添えてベッドへ上がり、空いた空間に座り込んだ。前を閉じる気力もないようだった。顔だけを近付けると軽く口付け、へらりと笑った。 
「海馬に、催眠術を、掛けました」
 青い目は城之内へと向けられていたが、言葉は通り過ぎるだけで、理解ができなかった。
「催眠術を掛けて、女の人として、抱いてもらった。まさか成功するとは思わなかったんだけど。昔、付き合ってた人がいたって話を思い出して、海馬って、どんな風に抱くんだろうと思って」
 城之内は海馬の肩を引いて、互いの額を合わせた。
「オレの悪い癖だ。好奇心と不安になるところ。オレの抱き方でいいのかなって。
なにか嫌なことを思い出させてしまったみたいで、ごめん。泣いてて、焦った」
「それで、貴様は満足か?」
「ええと……、うん。優しかったよ。だからオレも、もっと優しくする。
そうだ、こんなことはもうしない。本当に、ごめん」
 海馬はあまりの内容にあきれ果て、怒ると言うよりは考え込んだ。確かに身体の感覚がいつもと違っている。
「キスマークっていう感じじゃなくて、凄く大切そうに跡を付けてくれて、ちょっと妬けた」
 城之内は悪びれずに、思い出しながら指で跡を辿った。
「覚えていないのは、癪だが……。それに多分貴様相手になら、違う抱き方をするぞ」
「え?」
「試してみるか?オレの本領を見せてやろう」
 再び海馬のターン開始となった。


 海馬は最初と同じく、優しく城之内の身体に口付けていったが、跡を残すことはしなかった。
どうしてと思った心を読むように笑うと、耳元で、貴様はもうオレのものだからだと、低い声で囁いた。それにぞくりと震えると、耳たぶを甘噛みして、背中から太ももの裏まで撫で下した。ただそれだけだというのに、全身の震えは止まらなくなった。
 腕をひとまとめに上げて、現れた側面のラインを舌でなぞっていく。横抱きにして、背中にも同じように舌を這わせた。
「あーあっ」
「やっと声をあげたな。解放しろ、城之内」
正面に戻ると、立ち上がっている赤い粒を口に含んだ。先刻さんざんいじられたせいで、感度が上がりすぎていた。
「んんっ、あ、あ」
きつく吸い上げ、反対は濡れた指先でこねるように愛撫が施された。
「っは…ああ、だめ、もたな…」
咥えるのを、さっと反対にした。その刺激は強烈だった。
「う…うあ」
 城之内はシーツを掴んで、放出の衝撃に耐えた。
「ご…めん。先にイっちゃった」
 胸から顔を上げた海馬の口元には笑みが浮かんでいた。城之内の好きな、不敵な笑顔だった。
 海馬は胸から顔に這い上がって髪を撫で、深く舌を絡ませた。
 頭を抱えたまま長い腕で双丘の奥に手を這わせると潤滑剤はどこだと訊いた。城之内は隣のベッドのサイドボードとこたえた。
 すぐに取りには行かずに、城之内の肩甲骨の下に腕を差し込み、浮いた身体を海馬の胸に抱えた。城之内は身体を半分に折られ天井に尻を向けた状態になった。海馬は入り口や中に傷がないか、明りの下で確かめ始めた。
 体重はほとんど海馬に預けられていて、苦しくはなかった。
しかし首と肩とを固定され、検分されている姿を見上げるのは、羞恥心を煽られた。早く終えてくれるようにと、城之内は目を瞑るしかなかった。
 海馬はゆっくりとベッドの上へ身体を戻すと、両手の平にジェルを広げて温めた。それを城之内の中へ広げていった。先刻どのように扱ったのかわからないため、慎重に指を進めた。腹に散った液体を舌で舐め取りながら指を1本、2本と増やしていく。
「痛むか」 
 城之内はゆるゆると首を振った。中を這う長い指が海馬のものだと思うと、ぞくぞくと背中に震えが走った。3本の指が自由に動けるようになると、口から漏れるのは荒い呼吸音だけになった。
ピリッと何かを破く音が響いた。
「海馬は…着けないで…くれ」
 理由がわからないというように、眉をひそめた。
「さっき、着けてくれ…た、からっそのまま、挿れて欲しい」
 苦しい息の中絞り出すように声を上げると、わかったと言って城之内を俯せにした。
 城之内がこれでは海馬が見えないと言うと、最初は楽な姿勢で受け入れろと返された。後ろに感じる存在はもう十分に熱く硬かった。先端が入りきるのを、息を詰めて待った。
 それに気付いた海馬は、城之内の背や脇腹を撫で上げた。震えては吐き出され吸い込まれる、短い呼気に合わせてゆっくりと腰を進めていった。
「ふあぁっ、んっ」
 先程より、深いところまで侵入されているのがわかった。
城之内は不自由な姿勢からどうにか片手を伸ばすと、繋がりを確かめ深い息をついた。ほとんど隙間がないほど密着していて、喜びというのものなのか、不思議な感覚が背から這い上がっていくのを感じた。
 その行動を海馬はじっと見ていた。
「平気か」
「大丈夫…って心配はいいから、動け…」
 話し終える前に、海馬が城之内の昂りを擦った。
今日触れられるのは、初めてだった。急な刺激にぎゅっと中を締めつけてしまったので、海馬の形がよくわかった。
 ふっ、と短く海馬が声を漏らした。
 海馬は途中まで引き抜くと浅い場所で円を描くように動いた。
それは城之内から身体の力を抜くのに有効だった。
腕はだらりと投げ出され、寝具に顔を付け膝からも力が抜けている。支えていないと崩れ落ちそうだった。
「顔を見たいと言ったな」
声を上げ続ける城之内の腹部を持ち上げて、小尻を両腿に乗せた。
「ひゃ、んっんーっ」
急な動きで深いところを侵され、のけ反りながら声を上げた。
「城之内、もう1度動くぞ」
首筋と片足を支えられ、結合を軸に回転し、海馬と向き合い膝の上に乗せられた。
奥深くを違う角度でえぐられ、息をするのも辛くなった。
「海馬ぁ…」
「なんだ」
「こんな深いの、頭おかしくなる…もっ無理」
「そうか」
「やめてはっ、くれないんだ…」
「多少は腹が立っていたが、もう、やめてやろう」
腰を支えベッドに下ろすと、繋がりが大分緩やかになった。
「しばらくじっとしていたほうがいいか」
「そ…れもっ辛いんだけど」
「どうして欲しい」
 優しい声でささやかれ顔を上げると、きれいな青い瞳があった。その首に腕を巻きつけ口付けると、もっと動いて欲しいと頼んだ。
 海馬は城之内の背中と腰を抱え、ゆっくりと腰を前後に揺らした。強烈すぎる刺激の後の優しい扱いは、逆に達することを止められているようで辛かった。
「これ嫌だ。かいばー、もっと突いて」
城之内の足を背中に回して交差させると、腰に回した腕に力を込めて支え、残った手で屹立したものを握った。
「ふぁっ、あっあ」
 激しい律動と前に加えられる刺激にさらわれないよう、必死でしがみついた。荒くなる息の中、切れ切れに声を上げた。
「ナカ、中に出して」
 海馬は支える腕に力をこめると、一際深く侵入した。
達したのは、ほぼ同時だった。脈打ち流れ込むのを感じながら、城之内は意識を手放した。


 城之内は催眠術を掛けようと考えた理由を思い返していた。
 一般的な恋愛論に、3年過ぎると飽きると言われているが、そんなものは感じたことがなかった。
 『なんでそれが海馬かなぁ』高校時代の友人達は乾いた笑いを見せつつも、温かく見守ってくれている。
 事情を知らない職場の同僚は、遠恋をしていると勘違いして、意外だと言ってくる。金髪でヤンキーあがりだと思われているせいかもしれない(それは間違えでもなかったが)。
就職先はドリンクのベンダー会社。自販機の中身を入れ替え、空き缶を回収する、ツナギを着ているお兄さんだ。
 捏造された遠恋話しは、なぜか女性陣に受けが良い。
 相手については適度にぼかしているが、他の子と遊ぶ気がないことは伝わるらしく、彼氏に浮気癖がある事務のお姉さんに捕まると、たいてい一杯付き合わされる。事務の先輩は美人でスタイルも良くて、おまけに性格が良い。
 どうして待っていられるの、と訊かれたことがある。
他にいないからとしか言えなかった。
あの個性と同じ相手とは、そうそう出会えない。
 連れて行かれた飲み屋で、先輩は隣でつぶれてしまったために、お冷とおしぼりを頼み起した。
ごめんね、と言う笑顔に少々突っ込んだ話題を振ってみた。
「彼氏の前だけの顔、見せたことありますか?
 オレ、誰にでも同じ感じだからって、怒られたことあるんです。
ふざけずにきちんと言葉にしろって。
 それから2人でいるときは、言葉とか態度で表わすようにしてる。軽くじゃなくて、きちんと口に出して言ってる」
「城之内くん?」
「女の人からも、告白して構わないと思う。愛してるとか、ずっと一緒にいたいとか。
 それで反応なかったら、悪いけどそいつの本命じゃないんだと思う。
キツイこと言って、すいません」
 彼女の瞳に涙が浮かび、やってしまったと思ったが、笑顔を見せてくれた。
「ありがと。そこまで心配してくれた人いない」
 紙ナプキンで鼻をかむと、おしぼりで顔を拭った。
「目が覚めた!今のままじゃ都合のいい女扱いよね」
 しゃきっと背中を伸ばすと、すっきりとした表情を見せた。
そしてちょっとだけいい?と言ってから、城之内の瞳を覗き込んだ。
 好みのタイプの女性に、間近でじっと見つめられるのは正直困った。酒も飲んでいないのに、顔が熱くなってしまった。
 その反応に、ふむと納得しながら、最初の距離に戻っていった。
「驚かせてごめんね。熱烈恋愛中の城之内くんが、赤くなってくれるなら、私の女としての魅力もだめって訳じゃないって安心した。
 城之内くんの相手…思ってることを、はっきり言える人って、いいな。城之内くんに愛されてるって、よっぽど自信があるんだろうな。
 私は自信ないけど、今度言ってみる」
「オレに愛されてる自信があって言ってるって何ですか、それ?!」
 もっと赤くなってしまった顔で、城之内は小さく叫んだ。
 彼女は気が付いてないの?と笑うと、がんばれと背中を叩き、伝票を持って先に席を立ってしまった。
 あの言葉に様々な意味が含まれていただなんて、考えもしていなかった。別のことを期待して、言った言葉だったんだろうか?海馬の本心、本音を知りたいと思った。
 そんなとき、テレビで心理学の講座をやっていた。催眠術でも『本人の嫌うことは命令できない』と説明があった。
 ふと思い出したのは海馬の言葉。「貴様の前と女の前とでは、態度が違うかもしれないな」多分付き合い始めた頃の会話だったろう。
 好奇心が、海馬はどんな風に女を抱くんだろうと考えることを、止めてくれなかった。彼女がいたらしい海馬に、その相手だと思わせて抱いて欲しかった。知らない海馬に、会ってみたかった。
 催眠術の本を読み漁り、普段の仕草の中に混ぜ込むのが良いと説明があったので、何気ない会話に符合を混ぜてみた。一方でオカルトを信じない男に、かかるはずはないと気楽に考えてもいた。


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 へとへとになった城之内は、風呂に入れられていた。最後は中に出してくれとの希望だったので、抱えたまま指でかき出した。
 しかし誕生祝いに、何を考えると催眠術をかけてまで、自分を抱かせたくなるのだろう?とことん、考え方が違うこの男がおもしろいと海馬は思った。
同時に最大のウィークポイントだとも気付いた。いかにこの相手には、気を抜いているのかが、わかってしまった。
 パジャマを着せて城之内をベッドに横たわらせた。
ぼんやりと起きだした城之内は、海馬を呼んで隣に横になれと言う。
「城之内?」
「かいばー、ありがと」
 海馬がベッドに腰掛けると、腹部に腕を回して抱きついた。
「わがまま聞いてくれて。オレより全然うまいと思う」
 日本語がおかしい、と突っ込みたいのもあったが、返答に詰まった。
「なんで顔赤い?」
――ただ1人だと思った。こんなに動揺させる男は。これからどう付き合っていけばいいのか、わからなくなるのはオレだけなのか?――
 城之内は朱に染まった頬の上の深く青い瞳をただ見つめていた。
こんなに稀有な人間は自分にはもったいない。けれど誰にも譲りたくないと思った。
そしてやっと混乱させている理由に思い当たった。
「これからもオレは海馬と付き合っていきたい。どっちが…んーと、挿れるとかそういうのは、海馬が決めていいよ」
 腕の中で、海馬がぶるぶると震え出した。
「突拍子もないことばかり言いおって!」
「海馬?」
「それなら、最初から選ばせろ。今更そんなことを言われても、手遅れだ」
 身体を強張らせて叫んだ。始めは城之内から離れようとしたが、逆に身体に乗り上げ、息もできない程きつく抱きしめた。
「城之内」
「な、に」
 城之内はまったく抵抗しなかった。海馬が怒っている。多分何かで傷つけてしまったということしか、今はわからなかったが。
「好奇心でオレに絡んできたのか?」
 抵抗がなかったので、海馬は力を弱めた。
「絡むって、いつ…のこと」
「最初からずっとだ」
 城之内もさすがにその言葉には、異議を唱えたくなった。
「それはこっちが言わせて、もらいたい!変な、呼び方っ…ばっかり…しやがっ…て」
 海馬は言葉に詰まってから、迫ってきた頃の話だと訂正を入れた。そして咳込む背中を擦った。
「違う。特別だったから。海馬にもオレのことを、特別だって思って欲しかったから」
「特別?何のことだ。根拠はどこにあったんだ」
「いつも振り返ると、青い目がこっち見てた」
 海馬が小さな声で、そうかと漏らした。
 遊戯の中のファラオが居なくなっても変わらない2人が、気付くと海馬の視界に入っていた。
城之内が先にそれを感じ取り視線が合った。しかしそのときは特に絡んではこなかった。
「…オレはどんな顔をしていた」
「オレとおんなじ。遊戯には見せないようにしてた、寂しいって、表情」
 城之内は昔を懐かしむように遠い目をして、くしゃりと笑った。
「アテムだけが特別だったんなら、こっちを見るなって言うつもりだった。
でもそのうち、凄く優しい感じで見られてるって気付いて。
 海馬にも色んな感情があるんだって驚いて、知りたくなった」
「人はそれを好奇心と呼ぶが……」
「で、普通に話せるかなって近付いたら、断られた。
 オレは寂しがり屋で、友達いないとだめなのに、海馬は1人で平気だった。余計不思議で気になっちゃってさ。
 いっそオレが海馬の特別になりたいって思ったんだ。そしたら、オレもお前も元気になるなーって。
 色んな海馬が見たいなって思ったら、好きになってた」
「そういうことを何も言わずに、ずかずかと人の中に踏み込んできたな、城之内」
 滅茶苦茶な理論だと思ったが、オレは頑固者らしいからそのくらいでちょうどいいのかと、海馬は昔を振り返っていた。
「そういえば、手遅れって何の話?」
「何でもない。忘れろ」
 質問に、一瞬で胸辺りまで真っ赤にした、海馬の言葉を忘れることは難しかった。
他人には見せないだろう表情を、見せてもらえるのは、幸せだなぁと思いながら、城之内はやっと理由に辿り着いた。
「そっか、挿れられるほうがいい…」
「そういうデリカシーのないところが嫌いだ!」
 羽枕で何度も頭を叩かれた。それでもめげずに海馬に尋ねた。
「ムード重視派の海馬くんには、オレは良くなかったかぁ」
 叩くのをやめると、目線をずらしてつぶやいた。
「城之内は自由で色っぽくて、かわいかった」
「は?」
「だから良かったと言っている。恋人とセックスをして、悪いはずがないだろう」
 羞恥心の許容量を遥かに超えてしまったため、言ってから、俯せでベッドに倒れ込んだ。枕を抱えて長身を少し丸めていた。
「なんで慣れないのかなーこの手の話。
 普段はもっと凄いことを、記者会見で話してて立派なのに。
 抱いてくれたときも、かっこよかったけどな。なんかパワー系で。
 ……止まった後ゆっくり動いてたのは、まだ意地悪されてんのかと思ったけど、もしかしてそのほうが感じるのか?
 そういえば、催眠術のときは違ったな。言ってくれればいいのに」
「………………」
海馬は更に身体を縮め息を潜めた。ほおっておいて欲しかった。
「ところでオレはメンクイだって知ってた?」
くぐもった声で、知っていると言葉が返ってきた。
「そんでお前は、かわいいもんが好きなんだよな」
顔だけを上げて、何を言い出すのかと城之内を見た。
「相思相愛って言うんじゃないか」
二の句が継げないまま、近付いてきた唇を受けとめた。
両肩に手を置かれ真っすぐな視線を向けられた。
「誕生日プレゼント、ありがとう。愛してる海馬」
 ずっと昔に、ふざけずにきちんと言葉にしろと言ったのは、海馬だったが、自身も同じように返す必要があるとは考えていなかった。
しかし城之内は、主人から褒美を貰う犬のように目を輝かせていた。
「もう、おかしなことなどしないな?」
「うん。また抱いて欲しかったら、きちんと言う」
 予想をしていなかった台詞だったため、そうかとこたえた。
「城之内、生まれてきてくれてありがとう。愛している」
不思議と形式ばった台詞のほうが恥を感じなかった。城之内の言うように、慣れが必要なのかもしれないと思った。
 首に腕を回され城之内の胸元へ引き寄せられた。
「振りまわして悪かった。オレ、もっと自信持つ。海馬に愛されてるって」
 催眠術まで使って確かめたかったのは、そこだったのかと、海馬は声を出さずに笑ってしまった。
 いつだって訊けばこたえてやるというのに。肝心なことは言い出せないシャイな部分を持つ……、この駄犬をかわいいと思ってしまう自分も同類だと思った。
「ここは何時に出ればいい?」
「確か12時……」
 疲れきった城之内は半分眠りに落ちていたが、海馬の手を探すと握り込んだ。朝までの数時間、手をつないで眠った。


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「かいばー、昨日のケーキってまだあんの?」
 朝食を運ばせようと、内線に手を伸ばしたところで、バスルームから声を掛けられた。昨日の疲れもないらしく、元気な声だった。
「あると思うが。朝から入るのか」
「せっかく用意してくれたんだから、食べる!」
 海馬は微妙に眉をしかめたが、城之内はもちろん知らずに寝ぐせと格闘していた。ついに諦めたのか、シャワーの音が響きだした。
 髪を乾かし戻ろうとした頃に、ノック音があったため、部屋にいる海馬より先にドアを開けてしまった。大きな白い布に包まれたワゴンが1台と朝食が載ったワゴンが1台、部屋に運び込まれた。
 海馬は平然とした顔を見せていたが、城之内には微妙に動揺しているのがわかった。それを不思議に感じながらも、白い布の中身を見たくて、うずうずと落ち着かなく歩き回った。
 海馬はなぜか暗い表情でワゴンに近付くと、布を払った。
「笑いたければ笑え」
 そこにはハート型でピンク色のバースディケーキがあった。
ハッピーバースディのチョコプレートの他に、赤いソースで文字が入っていた。
『 3rd. Anniversary 』と。
「…なんかの、記念日だったっけ」
「それで3月にしたのかと、勝手に思ったのはオレだ。気にするな」
均等にろうそくを並べると、上手に火を点けていった。
「さあ、吹き消せ」
 城之内は無言の圧力に押されて、大きく息を吸い込むと一気に炎を消した。
「見事だな。では切るか」
「ちょっと待てって。忘れたことなら謝るから。教えて、お願い」
 拝みこんでいる間に、ナイフをワゴンに置いた音がした。
顔を上げると、海馬が膝を抱えてソファーに座っていた。長い脚の間に顔を埋めてしまっている。
屋敷でも見たことのない姿だった。
「城之内、オレは面倒な男だぞ。オレだけが覚えている記念日がどんどん増えていくのかもしれない。その度に訊き出せるのか?
…貴様のような甘え方も、オレにはできない…」
 城之内は荷物から手帳を取り出すと、海馬の前に立った。
「オレは忘れっぽいし、最近は仕事のこともあるから書いてる。許してくれるなら教えて欲しい。同じことを訊いたら、怒っていいよ」
 言いながらも、ひとつだけ思い当たることがあったのだが、まさかそれはカウントされていないだろうと思った。
「3月の26日は、駄犬に噛みつかれた日だ」
 膝の間からぽつりと言葉が漏れた。
 城之内は、さぁーっと血の気が引いていくのを感じた。
「それ、記念にしていいの?」
「あの日がなければ、今ここにはいない……貴様は違うのか」
「そんなことない!!…けど嫌だったんじゃないかと思ってた。だってオレが無理やり」
 海馬は少しだけ顔を上げたが、前髪で表情までは見えなかった。
「今まで、力ずくでどうにかしていたと思っていたのか。馬鹿か。本気で抵抗したら貴様など吹き飛ぶわ。
本当に男のオレを抱きたいのか、挑発しただけだ」
言葉とは違い悲しげな声で言うと、顔を膝の間に沈めてしまった。
「そっかー、良かった。実はずっと気になってったんだ。
じゃ、初H記念日ということで」 
 城之内はさらさらと手帳に書きつけた。海馬は焦ってそれを奪い取った。
「そんなプライベートなことを書く奴があるか!!付き合い出した記念ぐらいにしろ!……なんだこの数字は?」
 記入したのは、日付とイニシャルだけの簡単な物だった。
 それよりも、カレンダーの所々にある小さな数列のほうが気になった。
11月に2つ、12月・1月は1つ、2月・3月は2つずつ、どんどん100に近付いていく数字。
「サプライズの予定だったんだけどなー。オレあんまりいろんなこと覚えてないから、100回になったらお祝いしようって思ってて。そっか、最初のも入れていいならもうすぐ」
「そんなことを喜ぶと思っていたのか」
 海馬は手帳振り回し、やみくもに叩いた。
 その手を捕え、叩かれたところをさすりながら、城之内は言った。
「ピンクのハートケーキを用意してくれて、ありがとう。あのときも怒ってたのに。
 海馬ってかわいくて、きれいだと思う」
 隣に腰かけると背中から抱きしめて、髪に軽くキスをした。
今も『かわいくてきれい』という言葉に反応して、動きが止まってしまっている。イレギュラーなことに弱くて、時々心配になる。
――用意してくれたケーキがかわいらしくて、沈んでる顔が色っぽくてきれいだと思ったんだけど、どちらにせよ言えないな――
 海馬が無反応なのをいいことに、横向きに膝の上に座らせた。
ケーキのワゴンを引き寄せて切り分け、海馬の口元へ運んだ。
「貴様が言ったラブラブというのは、こういったことなのか?」
 差し出されたケーキを食べた後、疑問を投げかけてきた。
ちょっと違うかもしれないと思いつつ、そうとこたえた。
「これなら屋敷でもできるだろう。仕事をしながらでも。
ケーキはもういいから、コーヒーをくれ」
 カップを渡すと、両手で抱えて冷めるのを待った。その間力を抜いて、城之内に寄りかかっていた。こんなスキンシップも、なかなか楽しい。いつかばれるまでは、これでいいかと思った。


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 チェックアウトを待つ間、城之内は海を眺めていた。そろそろ終わるかと振り返ると、男女2人組が海馬に寄って行くのが見えた。もっと近くにいればよかったと、焦って走り出したが遅かった。
 よく焼けた肌の男性が深々とお辞儀をした。
「昨日はありがとうございました」
 海馬は城之内を見つけると、連絡をしたのは後ろの男ですと言った。
「あのとき連絡していただかなかったら、夜になって遭難していたかもしれません。本当にありがとうございます」
 訳がわからないまま城之内は、連れの女性に大きくお辞儀をされた。少し涙声になりながら、顔を上げたその人は……
「城之内くん!?」
いつも相談されていた事務の女性だった。ということは彼がと見ると、スポーツマンらしい精悍な印象だった。知り合いかと訊いている。
「会社でいつもお世話になってます。オレは配達のほうですが」
大きな手で握手をされて、感謝を述べられた。
「いえ、無事で良かったです」
 気付くと後ろに海馬の姿はなく、エントランスに車が待機していた。
「それじゃ失礼します。先輩、また会社で」
2人の前を小走りで抜けると、車に飛び乗った。


「サンキュー。長くなりそうだったから助かった」
 シートベルトをしながら海馬の横顔を見ると、なぜかとげとげしい雰囲気だった。
「来年は海外にしてやる…といっても、どうせ貴様はおせっかいを焼くのだろうな」
 最後に水を差されたのに腹を立てているらしい。
 2人で過ごしたいという気持ちが、海馬にもあったのかと驚きながら、城之内が笑った。
「何がおかしい」
「んー、海馬くんの発言全部」
ハンドルを握られたままフリーズされるのは困るので、ラブラブを無意識で理解していて、かわいいとは言えなかった。
「来年も祝ってくれるんだ。うれしいな、ありがとう。その前に、海馬の誕生日が来るな」
「まだ何ヶ月も先だ」
「そうだけどすぐ予定入れちゃうから、社長さんは。オレ10月25日の前後、休みにしとく」
「勝手にしろ」
「山小屋とか行く?そしたら誰にも会わないっ」
 信号待ちで車が停まると、城之内のベストを掴み引き寄せて、口を塞いだ。延々と続くかと思われた会話は、海馬の行動で終わりをみせた。
「もうすぐ高速だ。少し静かにしろ」
 こういうのは城之内には真似できない。さすがに、命令しなれていると思った。
 態度がでかくてかっこよくて、でも時々かわいくて、きれいで、おっかない恋人は、何事もなかったかのように真っ直ぐ前を見ていた。

END



20120113
2012年2月12日海馬瀬人二面性アンソロジー『You're Not Me』初出。そちらより少し長めver.です。
参加させていただきありがとうございました!
『ギャップ萌え』の趣旨に沿えたのかは不安なままです。