◆深夜 (2015)


「だいたい、なぜ終わらせておかない」
「バイトの後帰ってくると、布団直行って感じだから。あ、その辺こないだ、こぼしたから足置くな」
「何を?」
「ソースだったかな」
「………」
 昼間に起こった事故により地域一帯が停電に見舞われた。
おかげで城之内は自宅だというのに真っ暗闇を手探りで進んでいた。
月明かりもない晩で海馬に借りた携帯のディスプレイを頼りにするしかなかった。
「…海馬?」
 背中に触れていた海馬の手の重みが突然消えて城之内は焦った。海馬の白い服のおかげで、振り返ると後ろに居場所を確認することはできた。なぜか座り込んでいるようだ。
「確かこっちに懐中電灯が…」
 うろ覚えながらも仕舞い込んだ物を見つけだし、スイッチを入れると後ろへ向けた。
海馬を照らすと首から上が見つからず血の気が引いて声を上げかけたが、懐中電灯を握りしめ近付いてみると顔を深く伏せているだけだった。
「海馬?」
 無反応なのが気になり顔近くに手をやると吐息に触れた。改めて海馬の顔を照らしてみると、深く静かな呼吸音と穏やかな表情から熟睡しているように見えた。
 同じ頃城之内のポケットにしまった携帯が振動した。明かりとして代用していた海馬の物だった。慌てて取り出しメール着信の点滅に相手を確認すると弟のモクバからだった。海馬の肩をモクバからのメールだと揺すってみるが、まるで電源が落ちたロボットのように動かなかった。
 当惑して呆然となりかけた城之内は、最後の頼みとばかりに携帯を掴みコールした。
「モクバ」
「城之内?兄サマと一緒なの」
「そう、なんだけどお兄サマが起きなくて困ってんだ。熟睡じゃなくて、なんだっけ…昏睡か、突然動かなくなって」
「どこにいるの?兄サマを変なとこに連れてくなよ!」
 強い語気にたじろぎながらも返答した。
「家、オレんち。今日事故があっただろ、停電で真っ暗なんで一緒に来てもらったんだけど」
「クレーン車が電線引っかけたやつか。あれ城之内の家あたりなんだ」
「現場は離れてるけどうちの方まで関係あったみたい。なあ、これだけ大声で話してても海馬起きないんだけど、徹夜続きだったとかなのか?」
 電話の向こうで大きく息を吐くのが聞こえた。
「徹夜じゃないよ。兄サマならほっといて大丈夫」
「ほっとくって…モクバ」
「だから、朝になったら自然と起きると思うから、理由は本人から聞いて!!」
 突然モクバから通話を切られた。ほとんど叫び声に近い甲高い声に耳をキーンとさせられながら、仕方なく携帯を閉じた。

 何度か名を呼び身体ごと揺すったりもしてみたが、一向に起きる気配がなかった。モクバから聞いていなかったら救急車を呼んでしまったかもしれないと城之内は苦笑した。
「このまま置いとくわけにはいかないよな……」
春が近いとはいえ、深夜床の上で眠ったら風邪を引いてしまいそうで、城之内はため息をついた。両手を制服のズボンで軽く拭ってから白いスーツの上着とスラックスを脱がせることにした。
「せーとー、起きろよ」
 意識のない人間の身体はずっしりと重く感じられる。どうにか着替えさせてベッドに運んだが、耳元で呼び掛けても無反応のままだった。
 城之内はそっと海馬の前髪をかき上げると、反対の指で鼻筋、唇となぞりながら鎖骨辺りまで下りていった。そこで一呼吸つくと、アンダーシャツの胸に頭を乗せてみた。心臓の拍動が聴こえ、暗闇では動きを見せない胸もきちんと上下に揺れていることがわかる。
 このまま眠ってしまおうか、そんな誘惑が浮かんできたが振り払って身体を起こした。
 本当は明日提出の課題を家から持ち出して海馬邸に行く予定だった。モクバの言葉通り朝になれば起きてくれるというのならば、課題を進めておくほうが良いだろう。
決意すると机の上の書類をごっそり掴み居間に向かった。

 懐中電灯の明かりは細くて目的の物を探しだすだけでも骨が折れた。ようやく見つけた用紙にクラスと名前を記入した。ふと顔を上げると床に残したままだったスーツが視界に入った。目が疲れてきたので先にそちらを片付けようかという気になった。
スラックスをハンガーに吊るしてから上着を手に取ると、スマートフォンが胸ポケットの中にあった。取り出すと点滅していた。
それを掌に乗せ触れている海馬の姿を最近見かけていた。
記憶の中の指先の動きをまねて、つるりとした表面を撫でると操作画面が現れた。
「ロック外れたのか…。オレ、凄い?でも中見ちゃ悪いよな」
元の場所へと戻しかけたときにスケジューラーが立ち上がり明日の予定を表示した。
『 密会 』
城之内は息を呑んだ。

 課題はあきらめ海馬の隣に潜り込んだが、「密会」という言葉が頭を駆け巡り深くは眠れなかった。
気付けば外は大分明るくなっている。海馬が身じろぎをしたので、その様子を見守った。日差しが顔を照らしていくと、ゆっくりとまぶたが開いた。天井と周囲を見渡して城之内をみつけると、ぼんやりしたまま微笑した。

+  +  +  +  +

「真の暗闇になると熟睡してしまう癖があるらしい」
 居間に移って温かい紅茶を受け取りながら、海馬が話し出した。
 それはある時偶然起ったという。
ガレージで先に照明を落としてしまい、モクバの手を握ったまま座り込んで眠ってしまったことがある。クローゼットで探し物をしているときに、誤ってスイッチを切ってしまい深く眠ってしまったことも。調べたことはあるが特に異常はみつからなかった。
「これまではモクバとだけだ。……安心している相手とだけか。ずっと昔、親の前ではそうだった気がする」
「……それでなんかモクバ不機嫌だったのか」
 自分だけの特権のようなものだったのだろう。
 城之内が極端に暗闇を嫌うせいで、どちらの家にいても暗闇になることはなかった。海馬の部屋でならばしようと思えば真の闇にもできる。モクバはそれ程までに城之内が暗闇を恐れているとは知らないだろう。
「病気じゃなくて良かった。焦ってどうしようかって思った」
 机から顔を上げるとさぼるなと怒られるので、口だけを動かした。
 わかる部分だけでもと用紙を埋めていた城之内の髪を海馬が撫でた。驚いて目線を上げると、涼しそうな顔で端末を操りニュース記事を読んでいた。
 海馬は夕べのことを思い返していた。
玄関で靴を脱いだところで記憶は途切れている。次は朝で城之内のベッドの上だった。
 このような記憶の途絶え方は、先程の体験でしか説明がつかない。
気を抜いたときに起きるのだろうと思うが、心配してくれる口調に黄色い頭を撫でたくなった。
 スーツのしわを伸ばしてからハンガーに掛けたりお茶を淹れるのがうまかったりと、城之内が案外きちんとしていることは付き合うまで知らなかった。
 しかしなぜこの男と一緒にいて安心できたのかがわからなかった。
幸い夕べは何もされていないようだが、この家に来てまっすぐ帰れたためしがなかった。ことあるごとに触りたいと寄ってくるために、着せられている膝上のジャージや薄地でやや袖の短いパーカーは、素肌部分に触れたかったなどの理由があるのだろうかと勘繰ってしまう。
 そこまで考えて、海馬は思い違いに気付いた。
 城之内はモクバと同じく……それ以上に肌をあわせている関係だった。もちろん許さなければできないことで一方的な行為ではない。
城之内が心配してくれるように、気になったから停電だという家に一緒についてきたのだ。
 欲情するタイミングが異なるために警戒していただけであって、不安など元から抱いていなかった。
 朝からこんな考察をしていることに眉をしかめていたところへ、城之内からとりあえずできたという声があがった。
 課題は解けなかった部分を海馬が埋めて、どうにか提出できる物にまで仕上がった。
 昔は公式を書き解けと言っていた海馬だったが、最近では時間のムダと諦めて答えを書いてしまっている。
 教えることをやめてくれたおかげでコーヒーとハムとサラダの簡単な朝食を用意して食べられる程度の余裕ができた。
 パンを持っていくと炬燵布団を肩まで掛けて背中を丸くしていた。
「寒い?」
触れた足は確かにひんやりとしていた。電気はまだ復旧していないらしく、炬燵は冷たいままだ。
「下から手を突っ込むな。まだ炬燵が出ているくせに、なぜオレは短パンなんだ」
「お前の足が長すぎるからだよ」
「何を言っている」
 海馬は本当にわからないという顔をした。
 オレが履くと膝上程度のハーフパンツなんだけど、という言葉を城之内は飲み込んで、小さく息を吐き出した。
シャツを脱がせてパジャマ代わりに着せたパーカーも、デザインのせいか袖丈が短いようだった。夕べは急いで着替えさせたので気付かなかった。
「今度屋敷から服も少し持って来よう」
 ようやく合点がいった青い瞳は一瞬大きく開かれ、コクリと頷いてコーヒーカップを見つめていた。

+  +  +  +  +

 海馬は正座をしていただきますと挨拶をするとフォークを取った。
「食事はこうでないと食べた気がしないと、いつも言っているだろう」
 なんで正座と笑う声に海馬がこたえる。
「礼儀正しくていいと思う」
「では貴様もそうしろ」
「オレはこれじゃないと落ち着かない」
 城之内は胡坐をかいていた。
「会食のためには慣れたらどうかと思うが」
「オレをそんなところに連れてくの?」
 ひどく真面目な表情で問われて海馬は飲み込もうとしたパンを詰まらせた。胸を叩いても流れていかなくて苦しんでいると、脇から水の入ったコップを差し出された。
 どうにか流し込み、呼吸ができなかったせいで浮かんだ涙を指で拭っていると、城之内の目が光った。
 弱っている表情が腰に来ると言われたことがあるが、朝からセックスをする気はなかったので姿勢を正そうとしたところへ、がしっと肩を押さえつけられた。
「オレも『密会』に連れて行って欲しいな」
 人は予想をしていない言葉には反応が遅れてしまう。
「予定を見たのか」
「悪い。たまたまそれが立ち上がっちゃって」
「貴様は思ったより器用だな」
 ロックを外せたことにたじろいだ。
「指の動き、見てたから。海馬が何かを触っている時の指の動きがきれいだなって思って、みとれてたんだ」
 耳に口を近付けられて言葉を直接吹き込まれる。城之内は知っている。耳と首筋が弱いことに。低めた、その声に震えてしまうことも。
「今日って仕事じゃないの?」
 首筋をべろりと舐め上げられ畳に手を着いた。
「午後からの予定だ。貴様こそ出席日数が足りているのか。そのための課題ではないのか」
「オレも午後から行けば大丈夫。体育だけは、ばっちり出てるから。瀬人くん仲良くしよう」
 脇腹から首筋まで撫で上げられて、ぞくぞくと震えている間に首の付け根に吸い付かれた。それでも肩を押して抵抗すると、顎を押さえられ視線を固定された。
「オレは隠し事できないから、浮気したらすぐばれるだろうなー。
でも瀬人くんはうまいからさ、平気で嘘つくだろ。誰と会うの?教えて欲しいな」
 どんっと鈍い音が城之内の鳩尾の上で鳴った。
「さっきから君付けで呼ぶのをやめろ!気味が悪い甘え方をするな」
 海馬が叫ぶより、城之内の動きが早かった。
 服の隙間から刺激に弱い腹を撫で上げ力の緩んだ隙に、片手で両腕を捕み上半身の服を一気に剥ぎ取った。
「甘えてねー。怒ってる。密会って何だよ」
 焚き付けてしまったらしいと気付いたときには、遅い。海馬は後手に回りすぎたと思った。
「枕営業とかやってんのか」
 腰をわしづかみにされ揺さぶられ、右の乳首に噛みつかれた。違うという言葉を発する変わりに、ひっという叫びが口から漏れていく。
 脱がされ寒いと訴える身体に火が点けられる。両の乳首を弄られ、声を上げないよう両手で口を塞いだ。いつから感じるようになってしまったのかはわからない。
右も左も丹念に指先でこねまわされて、立ち上がった先を犬歯で噛みつかれる。声を抑えているせいで涙が浮かんできて余計に煽ってしまう。
 ここで声を上げるのは嫌だった。
TVの音もない静まった早朝のせいか、周囲の家から朝の支度の音が漏れ聞こえていた。
肩を強く掴み頭を振ると、やっと顔を上げたが指の動きは止めてはくれなかった。
「ああ、ここはいやなんだっけ。…オレの部屋ならいいの」
その言葉に頷いたが、今度は涙を舐め取るのに夢中になったらしい男には届いていない。
 海馬はそっと黄色の後頭部に指を差し入れ、軽く引くと城之内の口を塞いだ。一瞬怯んで逃げ腰になった舌を、追いかけて吸い上げる。
柔らかい唇の裏を食むようにすると腕が下がったのがわかった。
角度を変えて更に深く絡め取ると、びくりと肩が跳ね上がり、背中にすがる指を感じた。顔を少し離し立てた片足で城之内の崩れる身体を支える。
 城之内はキスに弱い。そう互いの弱いところなんて知っている。
「少しは、話しを、させろ」
 頬を朱に染め額に汗を浮かべながらも、海馬は荒い息のまま立ち上がった。

+  +  +  +  +

 城之内の部屋に移ってベッドに潜った。のぼせたような肌にひんやりとした布団が心地良かった。
 海馬は城之内の腹を軽く撫でた。
「痛むか」
 城之内は少しばつの悪そうな表情で首を振ると、ごめんとつぶやいた。
「オレ、ちょっとうれしかったんだ。お前に安心されてるって知って。でも夜中にあんなの見ちゃったから、訳がわかんなくなっちゃって」
 海馬は次に続ける言葉に悩んでいた。説明の順番次第で、またこの男のスイッチが入りそうだと頭の片隅で警鐘が鳴っていたからだ。
サイズが合わなくても上着は着てくるべきだったとも後悔した。それだけ混乱していたということかと、自嘲気味に笑った。
「何…笑ってんだ」
「貴様にではない。自分にだ」
 目を瞠り首を傾げている城之内と、なるべく距離を取ってから海馬は話し出した。
「オレの、声が大きいと言ったのは貴様だろう。居間は廊下に近くて落ち着かない」
ぽかんとした表情で聞いていたので続きを話すことにした。
「貴様が…オレを泣かせるのが好きなのは知っているが、この家ではやめてくれ。普通に我慢するだけでも勝手に泣けてくる。他人に聞かせたい程悪趣味ではないだろう」
 何のことだかやっとわかった城之内は顔を赤くして、悪かったと謝った。
 飛びついてきそうな気配に先んじて、軽く髪先に触れるだけのキスを落とすと俯いて黙った。

 さてここからが本題なのだがと海馬は深く息を吸い込んだ。すがりつかれないように城之内の身体を縦にして後ろから抱きこむ。
「密会は…オレが1人で過ごす時間だ」
「ひとり?」
「自分の行動や思考を振り返る」
「なんでそれが密会なんだ」
 顔が熱くなってきたのを感じながら、平静を装って説明を続けた。
「思い付きだ」 
「え?」
「単に設定上の色が気にいっただけで、言葉に意味はない」
 言葉のインパクトが強すぎて城之内はスケジューラーの色等まったく思い出せないでいた。
「薄い青にシルバーがかったカラーだ。またブルーアイズだと言われるのが…」
 語尾は金髪に顔を埋めたために掠れて消えた。
 身体を重ねることより、真情を吐露することのほうが海馬にとっては恥ずかしかった。
 黙っていると栗色の髪に手を置かれ、撫でられた。不自由な態勢から城之内が手を伸ばしていた。
「わかった」
 背中の温度が高いのは十分伝わってきていたので、追い打ちをかけようとは思わなかった。けれど笑いが込み上げてくるのを止めることはできなかった。
「海馬がおかしくて笑ってんじゃないよ。オレ達って、まだ知らないことばっかだなって」
一瞬こわばった背後の気配に声を掛け、胸の下に回された海馬の腕に手を重ねた。
「たまには、ゆっくり話そうか」
 返事の替わりに腕に力がこもったのを感じた。
城之内は海馬が深く息を吐き出すタイミングで身体の向きをくるりと変え、裸の胸に頬を寄せた。
「はー、やっぱすべすべで気持ちいいなー」
「城之内っ」
「オレのほうがすばしっこいんだから、気ぃ抜くなよ。まあ今日はこれでいいから…海馬?」
 見上げるとふるふると震え、涙混じりの青い瞳があった。腰の奥にズンと来るものがある。
「それ反則」
「反則はそっちだ!離れろ」
 城之内はぽいっとベッドから落とされた。海馬は掛布団を剥ぎ取って身体に巻きつけ横を向いた。
 心底わからずに黙っていると、盛大なため息と共にまさか気付いていなかったのかと掛布団の中からつぶやきが漏れた。
「…何が?」
「今まで自分がうまいと思っていただろう」
 この状況では他に思い付く言葉がなくて、だいぶ怒っているらしい背中におそるおそる話し掛けた。
「ええとエッチのこ」
 言い終える前に枕がクリーンヒットした。

+  +  +  +  +

 城之内はベッドに寄りかかって海馬が戻ってくるのを待っていた。
 しばらくすると扉を開ける音がして、ボタンをいくつかとめただけのYシャツを着た海馬が現れた。
さすがにジャージにシャツの裾は入れなかったために、座ると下が素足であるかのような、ある種マニアックな服装に城之内はゴクリと唾を飲み込んだ。
「貴様は様々なことに欲情するのだな」
「だって今の格好、彼氏の家にお泊りみたいじゃん」
 海馬は視界に入る部分だけでもと膝辺りに視線を落としたが、納得できず表情を崩さなかった。
「オレはどうしたらいい?考えたけどわかんないよ」
 考えたのは海馬も同じだった。その上シャツを身に付けながら、また思い違いをしていたことに気付いてしまった。
 城之内の手を取り、他のことはするなと釘を刺し、胸に手をあてさせた。
「これは平気だ」
反対の指先で器用にボタンを外すとシャツの前を開いた。現れたVネックインナーの上からも同じことを繰り返した。多少の刺激は感じるが耐えられる程度だった。
「これも」 
 深呼吸を繰り返す海馬に戸惑いながらもなすがままになっていると、インナーを持ち上げられて素肌の上に導かれる。とたんに目の前の身体が震え、鼻にかかった甘い声が漏れた。
身体を支えるために近付こうとしたが、海馬の腕に阻まれた。
「動くな」
「海馬?」
「オレは極度のくすぐったがりだ。だから貴様の動きに翻弄されるのだろうと思っていた」
 腕を離し再び正座をして向き合った。乱れた衣服を多少直し襟足をかき上げる。けれどその間視線を合わせることだけは、どうしてもできなかった。
「思ってたってことは、今は違うのか」
 先に気を取り直した城之内が言葉尻を捕らえて尋ねる形になった。
「ふん、情けないことにな。さっき気付いた。海馬の家に引き取られてから、着替えは周りの者に任せなければいけなかった。耐えて、慣れたはずだった」
「それじゃ」
 腕を組むとぽつりと一言漏らす。
「貴様限定だ」
 飛びついてくる身体を、もう避ける気はなかった。
「城之内っ」
「だってうれしいじゃん。そんな熱烈な言葉、初めて聞いた」
「なぜ膝の上に乗るんだ!」
 正座をしている海馬の上に跨って、頭にぎゅっと抱きついた状態だった。
「たまには上から海馬を見たいからだよ」
「上から?」
 拘束が緩んだので見上げると、日に透ける金髪と琥珀の瞳が輝いていた。
「横になっても見られるけど…うまく言えないけど、ぴかぴかしているところが見たい」
 城之内から唇を重ねた。2人とも口元は笑ったままだった。
「触って良い?海馬」
 深いため息とともに海馬は腕組を解いた。

 城之内は膝の上に乗ったまま、上着を脱いだ。
「海馬の目の色って、やっぱりきれいだ」
「貴様の色も変わっているぞ。琥珀色だ」
「目の形も好きだ。強い眼差しで睨まれると怖いけど。長い足だって嫌いじゃない」
 少しだけ身体を離すと海馬の腰辺りから衣服をたくし上げ、晒された胸に互いの素肌を合わせた。
それだけでシャツの中の身体が跳ねたが、強く抱き締めて耳元に言葉を流し込んだ。
「今度はオレが話したいんだから、聞け」
震える背中を支え直すと、形のいい耳に手を添え顎を傾けながら、光を受けて輝く青い瞳を覗き込んだ。
「最初はさ、絶対気が合わないと思ってた。全部嫌いだと思ってた。でも今は逆なんだ。
今まで引かれそうだから言ってなかったけど、オレは海馬の全部が好きなんだ。
頭が良くてずる賢いところとか、人を見下してるところとか、そういうのだって海馬の一部で必要なところなんだってわかってる。
オレのことをバカで仕方がないと思ってるのも知ってるけど、それだって海馬の考えだからいいんだ」
「城之内?」
「くすぐったがりだとは思ってなかった。けど、他人に触れられるのが苦手なのは知ってた」
 頭を離して城之内が笑った。その顔が赤いのは日差しが熱いせいではない。
「オレの観察眼をなめんなよ。握手が嫌そうだな、ハグは最悪だって思ってるんだろうなって」
 見つめあったまま膝から下り、海馬の肩に手を置いて少し高い位置から見下ろす体勢をとった。
「ポーカーフェイス、してるつもりなんだろうけど目の色とかでばれてんぞ」
 海馬が息を呑んだのがわかった。
いつもより大きく開かれた目が続きを促してくる。
――やっぱり目がぴかぴかだ。たまに見せてくれるその表情が好きだなんて言ったらぶっとばされるかな。
 オレ相当恥ずかしいことがんばって言ったんだけど、そっちの反応はなしか――
「なんて、ね。オレは海馬の目を見てんの好きだから知ってるだけ。多分そんなにばれてないと思う」
 からかわれたとわかった青い瞳に怒りの色が浮かんだので、すかさず裸の胸を密着させた。腕の中の身体が大きく跳ねる。
「もっと触っても良い?」
 うぅという唸り声の言葉にならない返事の替わりに、海馬の腕が背中に回された。

 早朝のまだ冷えた部屋に熱気を与えるのは、2人分の呼気と汗。
 城之内の舌が首筋から脇腹を下りていく。空いた手は逆の方向へ上ってくる。正しく、触りたいらしい。ゆっくりと脱がされていく衣擦れにも震えが止まらない。
「城之内、オレは11時には出たい」
強い声で口にすると、金の髪が頷いた。
「ふっ…」
 上がる声を抑えようと押し付けた城之内の肩に他の皮膚とは違う部分があった。白くてうっすらと盛り上がっている。唇を押し付けると、ひゃっと甲高い声があがった。
「そこ、昔の傷跡。感覚変だから触らないでって…」
 城之内から非難の声があがる。
 どこもかしこも反応してしまう己に比べたら、うらやましいかぎりだがと、海馬はもたらされる刺激に思考が麻痺していくのを感じていた。
 触れられたことのなかった二の腕の付け根に舌を這わされ、震えがとまらなくなった。そんなところで感じている自分の姿を見たくなくて反対へと顔を背けて目を瞑った。
 もともと触れられると、くすぐったくなる性質だったために人との接触を避けているところがあった。それが逆にいけなかったのかもしれない。城之内がもたらす刺激に過敏に反応してしまう。吐息や落ちてくる毛先にさえも。
 処世術として身につけたはずの身体の声を暴かれ、知らず本音をさらけ出すことになる。度重なる解答ミスは城之内といるときだけで。それが変わったことでも馬鹿げていても、あきれないでいてくれるとわかっているのに。……普段より感じやすくなっていると思ってもやはり口にはできなかった。
 震えを耐え奥歯を噛みしめると唾液が漏れ落ち、声を我慢した分染み出るような涙とで、シーツが濡れていくのがわかった。
 城之内は腕から顔を上げて、そっと海馬の頬にキスをした。
 閉じられていた瞼がゆっくりと開かれていく。
「腕に触るのいや?嫌がることをしたいわけじゃないんだけど」
 城之内は全ての動きを止めていた。双丘の奥に這わせた指はもう入り口をほぐしていて、残った掌の中にはぬめる臨戦態勢の海馬を捕らえている。
「防音悪いのは、わかってる。でもそこまで泣かれると、悪いことしてるみたいで…」
 続く言葉は苦笑を浮かべた海馬が遮った。
「慣れない、だけだ」
――打ち明けたせいなのか身体の感覚が違って、戸惑っていると言えばよかったのか?
感じて反応する身体のほうがよっぽど素直で呆れる。どうせ…意識が混濁するのだから身を任せてしまえば良いものを…往生際が悪い。まだ、主導権を取りたいのか?ならどうする――
 海馬は荒い息のまま上半身を起こした。驚いた城之内が手を離した隙に、片脚を高く上げ残った腕と腹筋を使い近付き、城之内の屹立したものに手を添え導いた。腹の力を抜くように深く息を吐きだすと、ゆっくりと飲み込んでいくのが見えた。呼気と共に掠れる自分の声が聴こえていたが、もう気にはならなかった。
最後に隙間がない程密着したのを指先で確かめると、ほうっと熱い吐息が漏れた。
 そこに手の平が重なった。不思議に思い顔を上げると、首の辺りまで真っ赤になって唇を噛み締めている城之内が目に入った。
「好きなんだろ、こういうの」
 濡れた顔を強引に拭うと、言葉を続ける。
「いつも言うじゃないか、エロイだったか…」
 腰を強く引き寄せられ、言葉を続けられない程ガクガクと頭が揺れた。城之内の身体が急に動きを止めぶるっと震えると、腹の奥に温かいものが流し込まれたのを感じた。
「あぁ、もう。海馬ぁ」
 非難の声があがったが理解できかねた。
「良かっただろう?」
 城之内は相変わらず赤い顔をして、低く唸っている。
「お前反則だよ。一緒に気持ち良くなりたいって言ってるのに」
 頭を引き寄せられ熱い吐息混じりで言葉を流し込まれる。
――ぞくりとしたしびれにも似たものが背中を這い登っていくのがわかる。同時に中も締めつけてしまった。
城之内をオレの身体でいかせて、嬉しいのか?――
 一気に顔が熱くなった。それを見せたくはなくて、目の前の首筋に噛み付いてから舐め上げた。城之内の身体が大きく揺れて、内部の体積が増した。
――なんだ。こいつも十分敏感ではないか――
「海馬、オレんちだけど、手加減なしでいいってことだな」
 いつの間にやら頭に血が上り切ったらしい城之内に、両足を肩に抱えあげられ性急に引き倒された。見上げると城之内の肌が赤く染まり、わりあいと長い睫毛に汗が光っていた。不貞腐れた様子がおかしくてだいぶ気持ちに余裕ができた。
――そうだな、1人で盛り上がるのは寂しいか。少しは素直になろうか。伝えたいことならば、ある――
 海馬は琥珀をみつめて言葉を紡いだ
「感じ過ぎて苦しい、克也」
 城之内は視線を合わせたまましばらく固まった。
 大好きな青い瞳に映る自分の顔。初めて呼ばれた名前。
その言葉を放った舌に触れたくて、一緒に高みを目指したくて、引き寄せると激しく腰を打ちつけた。
「あっ、んんっ…かつ、やぁ」
 塞ぐように合わせた唇から、くぐもった声が漏れる。また名を呼ばれ、鼓動が跳ね上がった。
 海馬のものを手で擦りあげると、足先がきゅっと反らされたのがわかる。
放ったもののせいで滑りが良くて、最初から密着度が高かった。海馬も快楽だけを拾っているのか、激しく動かしても、ゆっくりさせても抑えた嬌声が上がる。
「ふっ、ん、ん――」
肩の上で揺れる栗色の髪と桜色の肌がきれいで、誘われるように胸の赤色を摘まんでしまう。
「――あ、んっ」
 一際高く上がった声を抑えるよう口を覆う前に海馬が薄く目を開けた。城之内をみつけると、ふわりと微笑んでぎゅっと目を閉じた。
 無意識なのだろうとは思うけれどその仕草が愛しいと思った。
 粘着質な音だけが部屋を支配していた。お互いに発熱しているようだった。
 胸と前と後ろを嬲られて先に海馬が放った。抑え込まれた角度が急だったために胸元へと散っていく。白く汚されていく様が扇情的で、余韻に浸らせる余裕もなくて悪いとは思いつつ引き出しては深く衝いた。白濁を指先で滑らかな肌に広げるとそれだけで感じるのか身体がびくびくと揺れ、城之内を締めつけるように蠢いた。
「っ――ぁ――」
詰めた呼吸の中でまた名を呼ばれた気がして、身体を抱え直し抱き締めると城之内も奥へと解放した。

+  +  +  +  +

 全身が融解してひとつになった気がする。
城之内とすると、そんな気分になると海馬はぼんやりと考えていた。
 息が上がったまま抱き合っていたが、体重を掛けられた体勢が辛いと思いかけた頃に城之内が抜け出そうと動いた。足をゆっくりと下ろされる。
抜かれる一瞬は身体が震える。続いてどろりとしたものが流れ出て、無意識に身体を丸く縮こめるとそのまま目を瞑っていた。冷えた空気にさらされ呼吸が楽になった。
 しばらく後バタバタと大きな足音を立てながらジーンズを履いただけの城之内が部屋に戻って来た。
「大丈夫?」
――何についてだろうか。主語がないからわからん。身動きをしていなかったからか?――
 纏まらない思考を巡らせてみるが、城之内の視線の先は胸より下にあるようだった。腹の上に散ったものと尻からこぼれている体液。多分このことだろう。
「これで上は拭いて。その体勢のままでいいから。下はオレがする」
 海馬が温かいタオルを受け取ると、城之内は海馬の中にそっと指を差し入れた。
「いきなりなんだ。シャワーを浴びるときに自分でやる」
「シャワー?出るわけないじゃん。まだ電気復旧してない。
風呂場に行ったら、寒くて凍える。だからここでする」
 ガスコンロで湯を沸かして、タオルは温めたらしい。そこまで準備されると反対をするのも面倒になってしまう。
 おおまかにかき出した後に、城之内は湯を使い始めた。
お湯が少しずつ流し込まれる感覚にぞくりとする自分がいやだった。城之内のベッドの上でというのは初めてかもしれなくて余計に羞恥心が増した。
まぶたの上に熱いタオルを乗せられていた。おかげで城之内の姿は見えずにいたが、優しい手付きに心とは裏腹にざっとで構わないと言ってしまった。
 城之内はお前が悪いんだろっと声を荒げながら、中に入っている指を大きく回転させた。
 驚きに声を上げそうになったがどうにか収め、視界に入れないようにしていた城之内の顔を見ると赤くなっていた。
「城之内?」
「なんで、暴走すんだよ。勝手に動くから、こんなことになるんだろ。ゴムつけようと思ってたのに」
 お湯でないんだからさーと口を尖らせながら話す城之内は、怒って赤くなっているらしいと気付き、海馬の笑いを誘った。
 お前の笑いのツボって、ホントわかんねーと漏らしながら、城之内は丁寧に作業を続けていた。
「新しいので顔とか頭とか拭く!目瞑れ」
 言葉は命令口調なのに、全く威厳が感じられない。海馬は小さく笑いながら身を任せた。
「貴様とするのは好きだぞ。克也」
 思ったことを素直に口にしたら首元に抱きつかれた。毛先と吐息が触れるのを我慢して湯気が出そうに熱い城之内の背中を抱き返した。
 オレを萌え殺させる気か……と漏らすので、萌えはわからんが貴様は可愛らしいと思うと返すと、もう1回するぞと脅された。

 きれいなシーツに敷きかえられたベッドの端に、タオルケットでくるまれながら温かいマグカップを渡され座っていた。ひどく甘いレモンティーだが、喉を潤すのにはちょうど良かった。小さな気遣いに笑みが漏れる。
 ふと思い付いて尋ねてみる。
「普段から克也と呼んでやろうか」
 髪を乾拭きしていた手が止まる。振り向くと目と口が大きく開かれたまま固まっている。呼吸をしていないようだったので、軽く顔を叩いてみると、床に座り込んだ。
「うれしい、うれしいけど…やっぱダメだ!!
 お前言い方エロイんだもん。思い出しちゃうじゃんか!!」
「バカが…」
 カップの底で金色の頭をコツンと叩く。
「そだ、瀬人って呼んでいい?」
「勝手に呼んでいるだろ」
「普段も。呼んでいい?」
 海馬はぐっと唾を飲み込んだ。
「学校以外ならかまわん」
 城之内のお友達連中に、詮索されるのは避けたいところがあった。
薄々気付いているのだろうとわかってはいるのだが見せびらかす趣味はなかった。
「なんで?みんなにも瀬人って呼んでもらえばいいじゃん」
「皆とは遊戯達のことか。何を期待している?」
 城之内はきょとんとした表情のまま海馬を見ていた。
 何かを考えていたわけではなかった。何となく海馬より親しみやすそうだと感じて、他の人間もそうではないかと思っただけだった。上手くはないがそう海馬に説明した。
「ごめん。特に何かじゃなかった。今まで通りたまに呼ばせて。…服持ってくる」
 海馬にとって、打算なく近付いてくる上に恋情を寄せてくる城之内のような存在は初めてだった。だから魅かれるのだろうか。
「面白いな、城之内」

+  +  +  +  +

 スーツに着替えた海馬は迎えの車が来るのを待っていた。
 城之内は提出する課題を鞄にしまい、制服に着替えたがコートは腕にしたままだった。
 首に付けた噛み跡はどうなっただろうか。海馬は好奇心で体重を掛けて後ろから抱き込んでみた。
「な、何?!」
 覗き込んだ襟の奥に歯型は残っていた。首筋というより、肩の付け根辺りに赤色が散っている。カッターシャツを着ていれば見えなくなりそうだが、城之内は着ていなかった。気付いていないのだろうか。
「これは、見えても構わないのか。シャツはどうした?」
「え、あー、今シャツ全部洗濯籠なんだよ。普段あんまり着てないし」
 学ラン脱がなきゃ見えないと思うからと笑う城之内だが、そんなことはすぐに忘れてしまいそうで、上着を脱ぎそうな授業……、実習などは行われるのかと問いただす。
「今日は…ない」
「ではこれを巻いていろ」
 海馬はしていたマフラーを外すと器用に後ろから結びつけた。
「それなら外れん。学校指定のシャツくらい買ってやる」
 スーツのポケットから財布を抜き出し、城之内の掌に千円札を数枚押し付けた。
「夕べの貴様ではないがな、他人に見せる必要のないことで勘繰られるなど避けろ」
 勝手に見てしまったスマートフォンの予定のことだろうと、城之内は黙って金を受け取った。
 視線を上に移すと青い瞳がそこにあった。やや苦しい体勢のまま軽く唇を合わせる。
「昨日はついてきてくれてありがとう」
「心配だったからな。本当に嫌ならここには来ない。……だからオレもやり返したくなるのだ」
 意地を張っているとは思ったが、これ以上歩み寄ることは海馬にはできなかった。
 城之内は意味を汲み取って瞬時に赤くなった。

 海馬が車に乗り込むのを見届けた城之内は、通学路へ向かおうとした足を止め方向転換した。
学校指定のシャツを買うために商店街に寄ることにした。
 柔らかい布1枚で暖かさが違うものだと感心しつつ、ショーウインドーに映る己の姿に本来の持ち主が重なり気恥ずかしくなった。
 首元で揺れる手触りの良い真っ白いマフラーのほうが、海馬を連想させるんじゃないかとは、さすがに言い出せなかった。


20150513 
2012年6月ツイッターの診断で出てきた文章お題
・深夜床の上で・密会・メールという言葉を使う+乳首べろる
『深夜』の2015年版です。
文章がぶつぶつ切れているのが気になって直したかっただけなのですが、かえってくどくなったような気がします。
昨年から私の中で海馬くんの城之内くん好きが続いているので、甘くなりました。
これ以上いじらないようにアップ。