◆ 思 い

伝えたかったんだ

 騒がしいことは苦手だという、海馬を意外だって思った。
口から生まれてきたんじゃないのって、何度言いかけたことか。

 もう少しで明日になるという時間帯に、オレは海馬の寝室にいた。
 会社主催のパーティをなんとかこなしてきた海馬様は、ベッドまで辿り着いて轟沈したらしい。ワイシャツ姿で転がっている。
 高校生に酒や煙草の香りをまとわりつかせるなんて、ひどいと思う。それでも12時までに帰ってこられただけましなんだろうな。
オレはピクリとも動かない体から服を剥ぎ取り始めた。

 パジャマに着替えさせて、枕に頭を乗せてやったら突然海馬が目を開けた。
眉間にしわを寄せて、そんなに無理して焦点を合わせなくていいから。
「……来ていたのか」
会えないと思うがって海馬が言ってたのに来ちゃったから、殴られるのも覚悟してきた。痛いのは嫌だけど、仕方がないかと諦めてた。
「黙っているな」
海馬がオレの髪を鷲掴みにして、痛い、ああ、やっぱり怒ってる。
「ごめん邪魔して。もう帰るから」
「今夜は馬鹿でも風邪をひきそうだが」
確かに風が冬みたいに冷たかった。
あれ?それほど怒ってないか。じゃあ言っとこう。
「メールもしたけど、会って言いたかったんだ。
誕生日おめでとう、海馬。オレの用はそれだけだから」
 掴まれてた髪をほどこうとしたら、腕ごと取られてベッドに放り込まれた。
海馬が顔を見せてくれないんだけど、もしかして照れてる?
「それだけなのか」
「誕生日プレゼントは隣の机の上に置いてある。見る?」
とはいえ薄給の中からだから、そんなたいしたものじゃないけど。取りに行こうかと身じろぎしたら、海馬に後ろから羽交い締めにされた。
「明日見る。貴様は勝手に動きすぎだ。オレの祝いに来たというなら、今日は大人しくしていろ」
5分経ち、10分過ぎ健やかな寝息と共に拘束する力も弱まっていった。
 布団を掛けてやりたいけど、動くと起こしてしまいそうだ。
空調のきいているこの部屋でなら、寒くはないだろう。
 たまには抱き枕になるのも悪くはないかと、オレも目を閉じた。



+  +  +  +  +

幸せというものは

 胸の内が温かくて目を覚ました。
すっきりとした良い気分だった。
 腕を動かしてみたがそれほどしびれは感じない。
頭を引き寄せてみようと覗き込むと黒髪が視界に入った。
「モクバ」
小さく声にしたつもりだったが弟はすぐに目を開けてしまった。
「おはよう、兄サマ」
「おはよう」
 動揺しないで声にできただろうか。
 モクバは目をこすると、ふわりと笑って胸にもたれかかってきた。
「もうちょっと、こうしてていい?」
 早くに帰したとはいえ、夕べのパーティは疲れただろう。オレが立ちまわれない分をモクバが引き受けてくれた。頭を撫でてやると、肩の力が抜けていくのがわかった。
 小さく嘆息する。さて、あの馬鹿は帰ったのか?代わりにモクバを連れてきたのだろうが、いきなはからいをと喜べとでもいうのか。……うれしくなかったとは、まあ言わないが。
 すると控えめにドアを開ける音がした。
音を立てずに近付きたいのか、ゆっくりとした足取りがおかしい。起こさないように気を使っているつもりなのだろうか、ベッドの近くまで来て止まってしまった。
多分オレの顔は見えない位置にある。
さあどうする、凡骨。



+  +  +  +  +

悩ましい

 海馬の寝室のドアをそっと開けて、ベッドの上の光景に頭を抱えたくなった。
今海馬の腕の中で寝息を立てているのは弟のモクバだ。

 思ってたより早く目が覚めて、朝食堂にいたモクバに声を掛けたのはオレだけど。敵……じゃないんだけど、塩を送っちゃったみたいで悔しい。
 そりゃ海馬は起きなかったよ、2人で声を掛けてもさ。
 別にさっきまで海馬の隣に、腕の中にいたのはオレですなんていってない。布団も掛けといたし。
でもさぁ、何もそこに入ることないじゃん!まさか寝てるお兄サマの胸元に入ってくとは思わなかった。
もしかして普段からこんなにスキンシップ過剰なの?

 じーっと見てたらモクバを抱えてるのと反対の手が、掛布の端に出てきた。来い来いって枕元に呼んでるみたいだったから近付いた。刺すような視線が、心臓に悪いんだけど。
 何か言えって海馬の目が訴えかけてくる。
でも怒ってないし、起こせって催促でもないような。確か今日は忙しくはないはずなんだ。
 ああ、じゃあもう、これでいいかな!
 オレは布団をそっとめくってモクバの反対に滑り込んだ。海馬の首筋に顔を埋めたらちょっと体を強張らせたけど、気力で持ち直したみたいだ。昨夜は全然海馬を堪能してないから、これくらいいいよな、モクバ。
 背中から伺ってみるとモクバはまだゆったりとした寝息をたてているのがわかった。……実はただ眠かったのかな?海馬がゆっくりしてるなんてこと、めったにないもんな。甘えたくもなるの、わかる。オレも嫉妬してたなんて恥ずかしいし!そういうことにしておこう。
 だいぶ考えが落ち着いたので、海馬の背から体を離しサラサラとした茶色の髪を梳いた。オレと違っていつも整えられてるその髪は手触りがいい。気持ちが良くてずっと触っていたくなる。海馬もこれは嫌がらないからしばらく撫でていた。
 オレが空けた隙間にゆっくりと海馬は横に転がった。
 上を向いた海馬と、ちょこっとだけ目が合った。まだ眠そうだけど、もしかしたら笑ったかも。……手の平を握ったら、握り返してくれたからそんなに間違えてはいないみたいだった。



+  +  +  +  +

両手に花ではないけれど

 部屋に入ってきて何をするのだろうかと思えばじっとこちらをうかがうだけだった。凡骨に期待するほうが間違っていた。
 オレは気が長くはない。……何を手にしている様子もなかったので顔元に呼びつけた。

 モクバを抱えているために斜めに見上げることになったが、あいかわらずまっすぐに見返してくる。目をそらさないからおかしなケンカをふっかけられるのだ。少しは学べ。
 話がずれた。何かこの状況について説明はないのか、凡骨。
 幾度か瞬きをしたあと口を開きかけたかに見えたが、急にベッドの中に潜りこんできた。オレは動けない。首筋に息を掛けるのをやめろ!くすぐったいだろう。匂いを嗅いでどうする。怒るか?と思い始めた頃に、少し体を離して隣に横になった。
 これ以上何もしないなら……いや頭を撫でるのは反則だ。ぼんやりしてくる。また眠くなってしまうだろうが。ああ、思考がまとまらなくなるから、やめろと言ったことがないのか……。
 薄く目を開けると金髪がちらちらと揺れていた。金髪と琥珀の瞳がよく似合っていると思っているが、褒めてやったことがあっただろうか。褒めるというのはおかしな表現か。
 城之内に触れられ、急に息を止めたり大きく吐いたりしても、モクバの呼気に乱れはなかった。深く眠っているらしい。……もしもこれが狸寝入りだというならば、城之内に意識を向けてもかまわないととっていいのだろうと解釈した。
 モクバを腕から離して天井を向いた。
オレを撫でていた指が止まる。視線が絡まったが話し掛けてはこなかった。
 オレはおはようと声を出そうとして、やめていた。
 右も左も温かくて気分がいいのだ。もう少しこのままでいたい。ゆったりとした朝を過ごしても咎められはしないだろう。この家の執事は優秀だ。用があればすぐに迎えが来るだろう。
 
 左手に何かが触れた。城之内の手か。オレと同じくらいの体温が落ち着く。
 眠気に逆らいながら右側をそっと探るとモクバの両手があった。こちらはだいぶ温かい。起こさぬように軽く手の平を重ねた。
城之内に渡した左手には力を込めた。
 右と左から流れ込む温かさに、心まで温かくなる気がしながら目を閉じた。

20151025



城之内
海馬
城之内
海馬
の順で進んでます。
分かりにくくないと、いいなと思います。

海馬くんお誕生日おめでとう。10/25。

以前にもこんな話を書いた気がしております。
脳内シュチェーションは違ってるんですがσ^_^;
気になった方いらしたらすみません。
モクバくんは当て馬ではなく、兄弟愛なのですが表現足りなかったです。