◆Lovesickness1 #1


 I could never think of the tender passions.


 遅咲きとなった染井吉野の薄紅色の花弁が舞い散り、新入生の足元を埋めていた。
 入学式の気取った服装からカジュアルへと着替えた生徒の中に、頭ひとつ抜き出た姿があった。
 黒の皮ジャケットにリーゼントにも似たスタイルで姿勢の良い青年は、並びに立つ金髪の新入生に話しかけていた。
 長袖Tシャツに襟のあるハーフジャケット、ジーンズとスニーカーといったさらにラフなスタイル。琥珀色の目をした彼は探し物を発見し、ほっとしたように笑いかけた。
 度実野高校を卒業し大学生となった、本田と城之内の姿だった。

 2人で私立大学の教育学部へ通うことになった。
 周囲を驚愕させたのは、入学金免除の上奨学金を貰える程良い成績で城之内が合格したことだ。
 高校最後の1年は勉強へと努力し続けたとはいえ、学内でも下から数えたほうが早い成績だったために教師陣は驚きの色を隠せなかった。
 もっとも指導にあたった海馬の弁によれば、『オレが教えたのだ当然だ』とのことだった。
 城之内克也が努力して手に入れたものは、もうひとつある。
海馬瀬人の恋人の座だ。
 進級の危機にあった城之内は海馬を拝み倒し勉強をみてもらった。その途中で海馬に恋情を抱き、口説き落として付き合いだした。卒業を目標にしていた勉強が、いつしか進学へ向けてと変化した。
 恋人となった海馬と2人きりという状況に城之内の忍耐力が持つはずもなく、勉強会へは本田と遊戯も呼ばれることとなった。
 巻き込まれる形となった、遊戯はともかく、本田は大学への進学を考えてはいなかった。
成績が上がっていく中でまだやりたいことが決まらなかったからと笑いながら、城之内と同じ学部に入学した。
「オレ割と子供好きだから。城之内掲示板とか見ないだろ?お目付役がいないと取れる単位も落としそうだし。 よろしくな」
硬派な外見に似合わぬ柔和な発言だった。

+  +  +  +  +

 桜舞散る空の下、気心の知れた友人とキャンパスを共にできてうれしいと思う一方、海馬だったら最高なのにと想像してしまい、城之内は自己嫌悪に陥った。
 いきなり両頬をぺしんと叩いた城之内に、本田は驚き、眠いのか?気合い入れてんのか?と訊いてくる。
「ちょっとすっきりしたかっただけ。説明会行こう」
昨日の入学式で貰った資料を携え校舎への坂を歩き出した。

 ガイダンス後、カフェのオープンデッキでさらに増えた書類の山を抱え城之内は唸っていた。
 教育学部では小学校の免許も取れる。
 海馬からは取れるものは全て取れとのお達しだったため、申請書類は貰ってきていた。しかしそれには児童心理、音楽など様々な教科が必須科目となっていた。
また大きな学部ではないために小学校を選択するかで組み分けをしてしまうらしい。
 体育はともかく音楽って……城之内はため息をつきながら、同じように書類を睨んでいる本田に声を掛けた。
「ピアノ弾ける?」
「小学校で辞めちまって、弾けないってことはないけど、楽譜が読めないんだよなー」
「まだいいよー。ピアノなんて触ったこともないっ」
ほぼ毎日学校に来ることになりそうな時間割だった。毎日通学するなんて考えられない!は、共通意見だった。
 ……とは言うものの海馬の顔が浮かび、取るしかないかと城之内は諦め始めていた。


「あなた達、教育学部の1年生?」
 ウッドデッキの外から声が掛けられた。
そこにいたのは白衣に身を包んだ女性で、眼鏡の奥の瞳がきれいな人だった。
「はい、そうです」
とりあえず城之内が答えた。
「今年は金髪とリーゼントの1年生がいるって聞いてたけど、本当だったのね」
女性は笑顔で佇んでいる。
「何か御用でしょうか?」
今度は本田が尋ねる。
「あ、ごめんなさい。もし時間が合えば、バイトを頼みたいと思って」
「バイト?」
バイトと聞いて、城之内は身を乗り出した。
「どこで、どんな内容ですか?」
逆に女性が引いてしまう。
「ついてきてくれたら説明するわ。悩んでいるなら、単位の取り方の相談にも乗るわよ」
 女性は院生の高梨ですと名乗った。
 彼女が所属しているのは生物科で、バイトはマウスの管理だった。
 院生は自分の研究用のマウスしか世話をしない者が多く、健康体が放置され具合が悪くなってしまうことがあるという。その点教育学部の1・2年生はほぼ毎日学校へ来るために、毎年何名かを勧誘しているとのことだった。仕事内容は朝夕に餌やりとトイレの掃除、夏休みや冬休みは交代制になるとのこと。
 やりますと言い掛けた城之内だったが、一番稼げる長期休暇に学校へ来ることにはためらいがあった。
 城之内の表情を見て、本田が高梨に質問をした。
「バイト代以外の特典はありますか?」
「過去問や傾向と対策なら」
「じゃあ、オレやります」
先に本田が手を上げた。
「え、じゃあオレも」
つられて城之内も声を上げる。夏休みもどうにかなるだろうと考え直した。小学校を選択すると、休みなど関係なく授業があるかもしれないと想像した。例えば水泳とか。
 高梨は研究室のキッチンでコーヒーを淹れてくれた。
「カフェのより、おいしいです」
 そう言いながら見慣れない実験器具に城之内が辺りを見渡していると、本田から触って壊すなよと念を押された。
「ひょっとして、同じ高校だったの?」
「中学から一緒です」
城之内が明るくこたえた。
 高梨は堪えきれなくなって笑みを漏らした。
「城之内くんは素直ね。今年は目立つのがいるって、話題になってるの知らないでしょ」
頭に視線が移動している。
「目立つって、髪の毛?!」
「教職を目指す生徒が地味な子ばかりじゃないけど、最初から金髪は初めてかも。そうでなくとも、2人とも背が高いし」
 入学してから授業の選択に悩んでいた2人は顔を見合わせた。そういえば、他の生徒と話しをしていない。
高校時代はもっと注目されている仲間といたために、遠巻きにされているとは気付いてもいなかった。
「それから話していて違うだろうなって思ったけど、一部にカップルだと思われてるわよ」
「「ええーっ」」
 見事にハモって声を上げてしまった。
「サイアクだ」
本田がぽつりとつぶやく。
「オレだってやだよ」
城之内が言い返す。
そこへ高梨が助け舟を出した。
「授業が始まれば、大丈夫。普通に他の男友達ができれば、夢は終わるのよ」
 今ひとつ納得がいかないと顔に出てしまっている城之内のために、高梨は説明を追加した。
「誰かをそういう対象で見ていたいのよ。見目麗しい2人にはロマンスが…みたいな。うちは女子部からの持ち上がりの子もいるから、ちょっとずれてて。彼氏いない子が多いから」
確かに学部は女子率がやや高めだった。
「ミメウルワシイって、オレと本田がですか?!」
「新入生の中では、2人ともかっこ良いと思うけど?」
 女性から誉められたというのに、素直に喜べなかった。
「ところで、城之内くんの髪は地毛なのよね?瞳も明るい色だし」
「はい。このせいで今までけっこうありましたけど……」
 髪のせいだけじゃないだろと肩を震わせているのが視界に入っていたが、高梨の話には続きがありそうな気がして城之内は耳を傾けた。
「総務課に小さい頃の写真を提出しておくと、面倒なことにならないかもしれないわ。けっこう嫌味な先生もいるから…これは内緒ね」
 そこで話はひとまず終わり、来週からバイトを始めるということで研究棟を後にした。授業の選択で悩んでいるなら、いつでもどうぞと一言添えてくれた。


「また髪かー」
 城之内は夕日に透ける金の髪を手に取りながら、盛大にぼやいた。これでも入学前に少しは短く整えた。中学・高校とさんざん目の敵にされた覚えがあるのに大学に来てまでとは。子供の頃の写真など自宅にはない。母や静香の所に行かなければと思いながら歩いていた。
 隣の本田がやけに静かなのが気になって、どうしたと、肩に手を置いたらいきなり走り出した。
「ほっといてくれー!!オレはショックだ!!」
 さっきのカップル説かとわかったので、後姿を見送った。女の子大好きの本田には確かに辛い話だったろう。もちろんそれには城之内も多いに賛同していた。
オレとあいつ程度でカップルなら、ファンクラブのあった獏良やもてる御伽、それこそ海馬が現れたらどうなるんだろ。この学校、純朴な生徒しかいないのか?
それより、本田が早く彼女を作れば解決だよな!
 でもリーゼント(なのか?)は、女性受けが悪そうだ。威圧感がある気がする。ヘアースタイルを少しいじれば変わると思うけど、提案してくれそうな遊戯や杏子は近くにいない。御伽や獏良だと本田で遊びそうだし……。
「海馬…の話なんて聞くはずないよな…っていうか、海馬に言わせるほうが難しいか」
 海馬は出張から戻ったばかりで日本にいる。
 勉強会を通じても、どうにも2人の仲が良くなったとは思えなかった。まあ、感謝くらいはしていると思うけれど。それに変化のない髪型は海馬も同じだ。
 駅まで歩いていると、ジーンズのポケットで携帯が震えた。色々あって、着信音はダース・ベーダーのテーマになっている。
「お疲れ、今日はもう学校終わった。…近くまで来てんの?じゃあ、大通りの角のファミレスの前で待ってる」
 城之内はメール画面に切り替えると、すばやく本田に送信した。
「一緒に帰れない。また明日」
『王子によろしく。早く彼女が欲しい!』すぐに泣きが入った返信が来た。
海馬と会うのがばれてると苦笑しながら、携帯を戻した。
彼女は本田の頑張り次第だろと思った。
それから
「あっちが姫で、貧乏王子がオレだよ」と誰にともなくつぶやいた。

20150516