◆Lovesickness02 #11月の月


 邸におんぶお化けが出た。
11月だ。ハロウィンは終わったばかりだ。
「そほ行きたい、かいば、おんぶして」
 部屋に迷い込んできた子供は……写真など見たことはないが金髪の犬に似すぎていた。最初は遠巻きに家具の後ろに隠れてじっとしていたが書類に目を通すふりをしていると机の近くにまで来ていた。
 名前は「かしゅや」と少々違っているが、前歯が1本欠けているせいだろう。
 3、4歳だろうか。
 あの男にこんな甲斐性があったのかと海馬は驚いていた。



 かしゅやを背負って月夜の庭を散歩する。冬に入る一歩手前の澄んだ空気が顔や髪に触れていった。
「どこへ行きたい?」
「広いそころ!」
「暗いかもしれないぞ?」
「かいばがいるから、へいき」
 ウールのブランケットを首元で締めるとマントのような長いシルエットが足元に伸びた。
 低木の多い中庭を目指して歩いた。
 上空は流れが速いのか雲が千切れるように飛んでいく。一瞬だけ黒い夜空だけになった。白っぽい月が輝いている。
「まぁるい」
「明日にはまん丸になる」
 ふぅんとつぶやいたあとに寝息が聞こえてきた。
 室内に戻る頃には背中の重みは消えてしまった。

 海馬は寝室に行くのにためらいを覚えた。
 扉の向こうには大きくなった克也が寝ている。
 小さく儚い感触を今夜ぐらいは忘れずにいたいと思い、ソファーで眠ることにした。これがセンチメンタルというものかと苦笑した。





 ……重い、暑い……なんだ?
 朝は唐突にかつ賑やかに訪れた。
「お、起きた!」
 城之内の体がぎゅうぎゅうと横から押しつけられていた。
 背もたれ側に海馬の体を無理やり寄せて、空いたスペースへと両手両足を伸ばして転がった。
「……………………」
「めずらしー、文句なし。おはよう!海馬も寂しかったのか?ヨシヨシ」
 頭を撫でようとする手を避けて海馬は足下へと逃げた。
「も、とはなんだ」
「怒るの、そこか」
 にんまりと笑う城之内に嫌気がさしてきた。
「夢で小さい子に起こされた。海馬が一人でかわいそうだから来てって」
 海馬は眉をひそめた。
「金髪の男の子か?」
「海馬会ったのか?いいな、オレずっと見てないのに。
……寂しがり屋だったろ」
「遊べとせがまれた。誰だか知っているような口振りだな」
「多分双子の片割れ。オレの中に吸収されちゃったって聞いてる」
「……寂しいと出てくるのか」
 城之内は肩肘をついて海馬を見下ろしていた。そこに懐かしいという色が加わった。
「うんと小さい頃、寂しいときに来てくれたような……。
 この邸と海馬が好きだって」
「…………」
「顔固まってるぞ、どうした」
 狭い、近すぎる、隠せない、とにかく城之内を直視するのは気まずかった。海馬は背もたれ側へとぐるりと向きを変えた。
「笑わないと誓え」
「うん……はい!わかった」
「貴様に憑いている水子の霊かと思った」
 背中で息を呑む気配がした。少ししてから考えながらつぶやくのが聞こえてきた。
「……霊……水子は生まれる前に死んだ子供で……海馬が、こだわったなら……」
 後ろでドスンと大きなものが落ちた音がする。
「……オレの子だと思って相手してたって……こと?」
 確認せずともどんな姿かは想像がついていた。
 ソファーから落ちても熟睡している城之内を見掛けたことがある。今は安らかにとはいえない表情だとは思うが……。
「合ってる?」
「否定はせん」
「海馬からの霊発言も驚いたし、意外とベタな発想するんだな」
「すねに傷持つ身であるのはお互い様だ」
「あー……。はい。そうですね」
 双子説が出てくると想像をするほうが少ない確率だと思う。
 100%確実な避妊法があるのかとまでは口にしないで済んだので、海馬は足下を軽く蹴ることで怒りを収めた。
「笑うからだろうが」
 痛い痛いと大げさなわめき声は無視をした。



「良い霊というものなのだろう。この邸には沢山の悪霊がすみついているが、最近は見なくなった」
 そういえば伝えてはいなかったかと、海馬は何事もなく語った。
「悪霊?!」
「貴様のことは片割れが護っていたから平気だったのだろう」
「それでもコワイ!」
 床から復活した城之内は、海馬の隣に転がると首の後ろに腕を通しがしっと抱きついた。
「先に言えよ、お化け出るって。……どの部屋」
「書斎と離れ」
 何処にでもいると言ったら卒倒しそうで適当な場所にした。
「見てない……いない……」
 首元や髪の香りをかいでいるので海馬は好きにさせておいた。天井を眺めているとちらちらと金色の束が視界に入ってくる。



 10分以上は経った気がしてそろそろ起き上がりたいと身じろいだ。
「あの子かわいいだろ。海馬の小さい頃のアルバムってないの?」
「あると思うか」
 違う話題ができるほど落ち着いたのならば離れろという気分で、肘で小突くが上手く避けられる。
「見たかったな、小さい海馬。……大変だったからそりゃ無理か」
「シミュレーションならば簡単にできるが……」
 城之内が見たいものはアルバムに込められた過去なのだろうかと思い、語尾を濁した。
 ふいに視界が暗くなった。真上の琥珀色がきらきらと期待に輝いている。悩んだことがばからしくなった。
「……見せてやる。その前に朝食だ」
 城之内に動く気配がなかった。腕も足も押さえられていては抵抗に体力を消耗しそうだ。
 解放されていた首と頭を起こして見た目よりも柔らかな唇をぺろりと舐めた。端をつつくと熱い息が漏れた。唇の中央にできた隙間に舌を伸ばすと中で縮こまる柔らかさに触れることができた。震える舌を吸い出すようにして絡め取る。
 ガクンと崩れ落ちそうになる肩を下から支えた。
「……っぁ」
 赤くなって伸びている城之内は放置して食事の手配をした。
「意地を張って抵抗するからだ」
「うっせー、ほっとけ。いつかキスで鳴かしてやる!」
「気長に待っているぞ」





 朝食後1階の映写室のテーブルにPCを繋げた。
 海馬の現在の画像を取り込みレンダリングさせた。年齢を下げていく。
「4歳でいいか?」
「とりあえずそれで」
 予測された実寸法に合わせてスクリーンに投影した。
「凜々しいな!幼稚園でモテそう」
「貴様は可愛らしかったな」
 別のPCで城之内にも同じ行程を施した。半袖、半ズボンに革靴で、上着の色が少し違っていた。
「似てる。あの子に。もうちょっと小さいか?」
 海馬は3.5歳と入力した。
「オレのイメージこの感じ」
「そうだな」
 海馬はスクリーンに近付いて抱える仕草をした。子供に向かって至極自然に向けられた笑顔に城之内は動揺した。
「オレのも下げるか。……なんだ?」
「ちょっと飲みもの、コーラもらってくる」
……あの優しい笑顔、見たことはあるけど、初めてじゃないけど!
水子の霊の話も……オレの子だったほうが良さそうで、変な感じがしたんだよな。
夕べ一人でソファーで寝ていた理由もはっきり言わないし。

 どう訊いていいものかと頭を悩ませて城之内は口実だった厨房を通り過ぎた。



 海馬も用意をされれば炭酸を飲むらしい。
 厨房にコーラはなかったのでライムとレモンを搾った炭酸ドリンクを作ってもらった。甘さは蜂蜜で調整するので飲みやすいのかもなと思った。
「次は用意をしておく」
「いいよ、オレしか飲まないし。これも美味い」

 席を離れている間に海馬と城之内のモデルは歩いたり座ったりするようになっていた。二人の印象は立ち姿よりぐんとみぢかな存在へと変化していた。
「うわ、遠くから歩いてくんのか。オレも海馬も背丈は同じくらいか」
「小さな頃は普通だったと思う。
 城之内は……女子か?」
「うー。痛いところを。小さい頃は間違われてたらしい。なんでかなーと思ってたけど顔が丸いのか。微妙に手足がお前より小っさい?」
「確かに」
「海馬は目が大きくてギラギラしてる。細長いな。けどさっきより美少女っぽくなった」
「女の子に間違われた記憶は……どうだったか 」
「これ、服変えたり、髪の毛伸ばしたりできるのか?」
「服はまた全部モデリングし直しだが髪や目の色は変えられる。長さを伸ばすだけならば」
 トンと軽快にエンターキーを押す音が響いた。
「ひゅー!美人さんだ!こんなお人形あるよな」
 海馬の髪の丈が背中まで伸び、黒髪になった。
 城之内は肩から裾が広がってふわりとしたヘアースタイルで、赤茶色だ。
「こちらはハーフの女の子だな」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「何してんだろう、オレたち。せっかくの休みなのに。自分の子供時代を女装させて……」
「まったくだ。……黒髪でなくて良かったと思う日が来るとは」
「え?」
「変質者にさらわれそうになったことを思い出した!近所できれいな髪の女の子がさらわれる事件があったのだ」
 海馬は椅子の上で背を真っ直ぐにして両手を広げた。瞳はきらきらと輝いている。
「……うん」
「モクバの髪が黒いのを心配していた理由がわかった!
 ハハハ、ワハハハハ!」
 海馬は謎の盛り上がりを見せていた。とはいえよくあることなので城之内はそれほど心配をしなかった。
「謎が解けて良かったな」


 しばらくして普通のテンションに戻った海馬は、退屈をさせていただろうかと城之内に尋ねた。
「リクエストはあるか」
 城之内はうーんと悩んだ末に
「最初に戻して、目の色だけ変えて欲しい」と頼んだ。
「何色だ?」
「青い目のオレを見てみたい。海馬の茶色い目も。入れ替えてみて」
「わかった」
 髪が短くなり最初の男の子の姿に戻っていく。次に海馬が操作をすると子供達の目の色が変化した。
「けっこう変わった!オレは男の子っぽくなったか!
海馬はかわいくなった気がする。目の色ってずいぶん印象が変わるんだな」
 うきうきとした城之内の歓声に合いの手は入らなかった。
 PC前にいる海馬を伺うとスクリーンに魅入っている。
「海馬?どうかしたか」
 呼びかけに、ようやく城之内に焦点を合わせた。
「……なんでもない」
「もう十分。楽しかった。ありがと。片付け手伝うことあるか?」
「いや、一人で平気だ」


 城之内はドリンクを下げた。
『割るぞ、メイドにまかせろ』といういつもの嫌味も聞こえてこない。
 しかも、海馬はまた何かをこじらせている。
『なんでもない』は何かありますっていう、だめなサインだろう。
 城之内にわかるのはせいぜいそのぐらいだった。


 厨房には苦い顔をされたが、食器は受け取ってもらえた。
 料理長とは顔なじみになってしまった。
 ドアから眺めていてひらめいたことを尋ねた。
「先週の飾り付けって、まだ何か残ってますか?」





 部屋に戻ると城之内が鉢植えに装飾をしていた。
 オレンジと金、銀、紫色のリボン、ミニカボチャなど。
「ハロウィンの飾りか」
「そう。厨房に残ってたの貰ってきた。
 お菓子は別。新しいから食べていいぜ」
 テーブルの上の皿にもセロファンに入れられたクッキーが盛り付けられていた。
「作ったのか?」
「や、オレお前じゃないから、本格的には」
 顔の近くで違うというように手を振っていた。
「アイシングさせて貰っただけ。
オレンジ、紫と白にチョコスプレーだとそれっぽいだろ?」
 カボチャやコウモリの形ではなかった。ハートや星に丸だった。けれど色味がハロウィンを連想させている。
「これは西洋の白いお化け。空中をふわふわしてるやつ。チョコペンで顔を描いた」
 チョコレートマフィンに白いアイシングがかけられ、目や口の表情がついていた。
「ゴーストか。それで、飾る理由は?」
「あの子もうちょっと遊びたいのかなって思って」
「……せめて一カ所くらい飾り付けをと?」
「で、海馬の部屋に出たっていうならここに。勝手にまずかったか?」
「構わん。
 モクバのハロウィンか……貴様に似ているというなら、ちゃっかりと参加していそうだがな」
「わかった!静かになって寂しくなったんだ。
今週、モクバもいないじゃん、だから」
 モクバは研修旅行に出掛けていた。
「そうか……」



 海馬の私室、執務机の上には小さなキャンディボックスが置いてある。
 正方形がどこかいびつな、青と白の折り紙で作られた箱の中にはキャンデーとチョコレートがほんのひとつかみ入っている。
 どうでもいいという顔をしていた海馬が、帰国の度に中身を替えているのを城之内は知っていた。



END






おばけ 怖がりネタ 2017.October - 12.27.プライベッターより。
オカルトを信じない科学者海馬ですが、引き取られた先がゴーストハウスだったら見えてしまうものは仕方がないと諦めている気もします。
お化けと暗闇が怖い城之内は、自分とそっくりなのは平気かなということで。